2013年6月12日水曜日

asahi shohyo 書評

男性が老親と向き合うとき 諸橋泰樹さんが選ぶ本

[文]諸橋泰樹  [掲載]2013年06月09日

ペコロスおかの(岡野雄一)作「母の贈り物」 拡大画像を見る
ペコロスおかの(岡野雄一)作「母の贈り物」

表紙画像 著者:鈴木宏康  出版社:全国コミュニティライフサポートセンター 価格:¥ 1,260

■息子介護の時代
 一昨年、母を看取(みと)った。約40年、母と二人暮らしだった。
 「介護殺人 加害者の7割は男性」(2012年7月11日夕刊)、「虐待の6割 孤立介護」「独り 母と向き合い」(13年4月7日朝刊)。こういう記事にふれるたびに、「男おひとりさま」の自分にも起こりえたかもしれない事態を想像して暗然とする。
■弱い親のそばで
  実際、入院中の母に“意地悪”をしてしまったことがある。人工呼吸器により顔全体がマスクで覆われた姿ながら頭はハッキリしている母が、ある日、「ところ でタイキはどうしたの?」ときいた。病院では「毎日会話やマッサージをしに来る孝行息子」と言われ、それを演じてもいた息子は、悲しみのあまり、「死ん じゃったじゃない」と言ったら、母はマスクの下で顔をくしゃくしゃにし、「わ〜ん、タイキが死んじゃった〜」と泣いたのだ。大慌てでとりなしたが、これは 立派な虐待だと、さらに悲しくなった。
 鈴木宏康著『息子介護』は、無職でシングルの息子が、認知症の母親を在宅で介護しつつ、地域のボランティ アグループに支えられながら解放されてゆく手記である。彼はある時、母の死のイメージに強烈に襲われ、その途端に母をいとおしく感じて、自分より長生きさ せてやると思ったという。ヴァルネラブルな(傷つきやすい、弱い)母親と、とことん寄り添う息子の姿は、「父—息子」関係よりも切ない構図だ。
  母親の介護体験を漫画にした岡野雄一作『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社・1260円)は、89歳の母が62歳の息子の頭をなでながら「よー りっぱにハゲて」と言う。ご多分にもれずこちらも50歳前から頭髪が薄くなったが、うちの母もかつて「自分が生きているうちに息子が禿(は)げるのを見る とは思わなかった」と言っていた。息子にとって母親が老いていくのを認めるのが辛(つら)いように、母にとっても、息子が色気づき、やがて白髪になったり 禿げたりしていくのを見るのは、切ないような、ある感慨があるのだろう。
 もちろん息子が介護するのは母親とは限らない。平川克美著『俺に似たひ と』は、父親を介護する体験が描かれる。それまで関係が希薄な息子と父だったが、不思議なことに、介護の日々からは「穏やかな日常」の雰囲気すら感じられ る。確かに自分自身、入院中の母の枕元にいながら、このような穏やかな暮らしをずっとやってゆくのも悪くはないな、と休職も考えたほどだ。
■確執越え和解へ
  それは、確執のあった親とのある種の「和解」ないし親への「赦(ゆる)し」と言い換えられるかもしれない。これらの本は親と「和解」する話でもある。実 際、母への積年の恨みつらみは、死にゆくヴァルネラブルな母の前にほとんど氷解していた。親は永久に死なないと思っていた「息子」は、こういったことを通 して、初老になってやっと「おとな」になるのだ。
 「おとな」になるために、息子は、介護や医療制度の情報収集から逃れてばかりもいられない。ガイドブックとして、上野千鶴子著『男おひとりさま道』は、参考になる。
 介護保険制度の利用を最後まで拒否し、人から下の世話をされるくらいなら自死するとまで言っていた気位の高かった母は、実際には病院で「癒やしの大矢さん(母の旧姓)」と言われるほど自分の身体や境遇を受容し、他者のケアを受容し、ケアする人たちに感謝して、逝った。
    ◇
もろはし・たいき フェリス女学院大学教授(マスコミ学) 56年生まれ。母を看取ったインタビュー記事を含む『後悔しない介護のヒント(仮)』(読売新聞生活部編・中央公論新社)が来月刊行予定。

この記事に関する関連書籍

息子介護 40息子のぐうたら介護録

著者:鈴木宏康/ 出版社:全国コミュニティライフサポートセンター/ 価格:¥1,260/ 発売時期: 2009年05月

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俺に似たひと

著者:平川克美/ 出版社:医学書院/ 価格:¥1,680/ 発売時期: 2012年01月

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男おひとりさま道

著者:上野千鶴子/ 出版社:文藝春秋/ 価格:¥590/ 発売時期: 2012年12月

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ペコロスの母に会いに行く

著者:岡野雄一/ 出版社:西日本新聞社/ 価格:¥1,260/ 発売時期: 2012年06月

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