2013年6月29日土曜日

asahi shohyo 書評

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る [著]川上和人

[文]谷本束  [掲載]2013年06月28日

表紙画像 著者:川上和人  出版社:技術評論社 価格:¥ 1,974

 恐竜のことをなんで鳥類学者が、と思うだろうが驚くなかれ、鳥の"正体"は恐竜なのだという。その証拠に大昔の、いわゆる恐竜は現在、「非鳥類型 恐竜」とよばれ区別されている。鳥類学者で恐竜大好きの著者が、現世恐竜・鳥の生態から恐竜のリアルな姿をあれこれ考えるユニークな恐竜本。
 近 年、羽毛のある恐竜の化石が次々に発見され、体が羽毛に覆われた恐竜がたくさんいたことがわかってきた。恐竜というのは骨格も見た目も、ゴジラより鳥に近 い風体だったらしい。では彼らも鳥のようにカラフルだったのか、羽で求愛ディスプレイをしていたのか。「渡り」のような集団移動をしていた可能性、歩行ス タイルや子育ての方法など、鳥類学者が考える恐竜たちの生活は具体性に富む。のっぺりした灰色で、ただのしのし歩いているだけだった頭の中の恐竜が、個性 豊かな生き物に鮮やかに書きかえられていく。
 一恐竜ファンという立場で、のびのびと想像を広げる著者の筆は実に楽しげ。貧相なイメージや先入観で凝り固まった頭を、ぽんと自由にしてくれる。

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鳥類学者 無謀にも恐竜を語る

著者:川上和人/ 出版社:技術評論社/ 価格:¥1,974/ 発売時期: 2013年03月

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歴史哲学への招待—生命パラダイムから考える [著]小林道憲

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)  [掲載]2013年06月23日   [ジャンル]科学・生物 

表紙画像 著者:小林道憲  出版社:ミネルヴァ書房 価格:¥ 3,150

■科学との共通性が見えてくる

 「歴史的事実」という言葉がある。歴史教科書に記述されている ことは、あたかも事実のように私たちは思っている。しかし一方、歴史が物語であることも承知している。ではいったいどのようにして私たちは「事実」をその 中から発見したり、出来事の歴史を記述すればよいのだろうか?
 本書は、「出来事と出来事は独立したものではなく、縦横に影響し合い、連動しなが ら」激変するものであり、「おのずと自己自身を形成していく自己組織系」であるという。その、因果関係に収斂(しゅうれん)させようとしない複雑系の歴史 イメージが面白い。この歴史観のなかでは偶然も大きな要因となる。そこから、可能性の「分岐」も考えねばならなくなる。つまり歴史を貫く普遍的な法則はな く決定論もない、となる。歴史の非決定性、予測不可能性、一回性、不可逆性、偶然性の主張が過激だ。量子力学の不確定性原理等の説明を用いながら、その不 確定性によって歴史学と科学の共通性が見えてくる。
    ◇
 ミネルヴァ書房・3150円

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歴史哲学への招待 生命パラダイムから考える

著者:小林道憲/ 出版社:ミネルヴァ書房/ 価格:¥3,150/ 発売時期: 2013年04月

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主婦と演芸 [著]清水ミチコ

[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)  [掲載]2013年06月23日   [ジャンル]人文 

表紙画像 著者:清水ミチコ  出版社:幻冬舎 価格:¥ 1,470

■鋭い観察眼、心地良いコトバ

 文章を書くのが好きという清水さん。コトバの上下動が心地いい。まるで空中ブランコの下に張られた大きなネットをゆらゆらと歩いているみたい。主役を張らない“モノマネ芸人”、そして二十数年やってきた主婦としての眼(め)は、さわやかで、確かで、鋭い。
  モノマネが仕事だから人を観察する眼は並でない。芸能人の楽屋裏やオフの話が多いが、私生活公開といった空気はつゆなく、仲間のヒトとしてのおかしさ、不 思議さを、さりげなく描き、えらそぶらずにちくりと刺す。コトバは柔らかいが相当な辛口、でもイヤミがなく、言われてうれしいというような批評は、そうそ うあるものじゃない。
 贅沢三昧(ぜいたくざんまい)の旅行を楽しむ芸能人への感想——「生きる知恵ってなものを全然使わないから、ただただ快適なだけで、笑いあえるユーモアがぜんぜん生まれなくなります」。
 “便利”や“快適”をひたすら追い求めてきた果ての社会のつまんなさを、思い知らされました。
    ◇
 幻冬舎・1470円

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主婦と演芸

著者:清水ミチコ/ 出版社:幻冬舎/ 価格:¥1,470/ 発売時期: 2013年04月

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プライドの社会学―自己をデザインする夢 [著]奥井智之

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)  [掲載]2013年06月23日   [ジャンル]社会 

表紙画像 著者:奥井智之  出版社:筑摩書房 価格:¥ 1,680

■所属の不安定化で源泉がゆらぐ

 プライドとは、個人的な満足によるものなのだろうか。それと も、社会的な評価を要するものなのだろうか。たとえば、尊敬される地位、高い学歴、美しい容姿……等々は、個人的な資源でありつつも、社会の中で他人にそ の価値を共有されねば評価されない。自分や自分が属すものへの評価体系。本書はそれをプライド・システムと呼び、一般には心理的な問題とされているプライ ドを、社会学的に問い直すことを眼目としている。
 なるほどプライドとは、誠に魅力的で厄介な代物だ。たとえば、ジェーン・オースティン『高慢と 偏見』の、「高慢」の原語はまさに「プライド」。「高慢」ならば悪徳だが、「自負」ならばどうだろうか。むしろ向上心の表れではないのか。この両義性を逆 手に取るように、物語のヒロイン、エリザベスの自負は、ダーシーの高慢を凌駕(りょうが)し、ハッピーエンドに至る。
 プライドの源泉は一見多様 である。家族、地域、階級、容姿、学歴、教養等々。だがそれらは、総じて「わたしたち」意識で結ばれた所属集団=コミュニティーを基盤とする。それゆえコ ミュニティーこそがプライドの源泉だと本書は指摘する。昨今の社会状況を鑑みれば、家族、地域社会の解体、若年層の非正規雇用化などにより、個人の所属の 基盤は多くの面で不安定化している。こうした事態が、個人のプライドの源泉をゆるがせる。
 キャリアデザインなどに惹(ひ)かれる若者が真に求め ているものも、実は「プライド」のデザインかもしれない。交流サイトなどの流行も、自己のプライドの源泉を他者からの評価に委ねる他ない現実社会の表象で あるともいえよう。かつてサルトルは「他人という地獄」を論じたが、現代ではフェイスブックの「いいね!」に数量化された評価が、プライド・システムを補 強するのか。なるほど、現代社会を読み解く最重要キーワードはプライドかもしれない。
    ◇
 筑摩選書・1680円/おくい・ともゆき 58年生まれ。亜細亜大学教授(社会学)。著書『近代的世界の誕生』など。

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プライドの社会学 自己をデザインする夢

著者:奥井智之/ 出版社:筑摩書房/ 価格:¥1,680/ 発売時期: 2013年04月

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高慢と偏見 上

著者:オースティン、小尾芙佐/ 出版社:光文社/ 価格:¥960/ 発売時期: 2011年11月

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高慢と偏見 下

著者:オースティン、小尾芙佐/ 出版社:光文社/ 価格:¥960/ 発売時期: 2011年11月

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海を渡った人類の遥かな歴史—名もなき古代の海洋民はいかに航海したのか [著]ブライアン・フェイガン

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)  [掲載]2013年06月23日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:ブライアン・フェイガン、東郷えりか  出版社:河出書房新社 価格:¥ 3,045

■冒険性を否定する、人と海との親密さ

 人間の住む世界から遠く離れた北極の氷の中や太平洋に 浮かぶ孤島を訪ねた時、いつも考えることがあった。はるか昔、何千、何万年という昔に、海図も六分儀もないのに、ここまで来た人たちがいたのだ。水平線の はるか向こうを目指した古代の人たちの胸の内に思いをはせた時、私はいつも心が震えるような思いがした。
 陸地を離れて海へ出る。人類がアフリカ を出て世界へ拡散していく歴史の中で、それは確かに最も想像力を刺激する一歩だった。本書はそのことについて書かれた本だ。歴史の教科書に太字で記される 華々しい海戦や探検家の航海について触れたものではない。天体を見て遠洋に漕(こ)ぎ出したポリネシア人や、大三角帆を操り材木を運んだインド洋の商人、 皮舟で巨獣を仕留めた北極圏の先住民の物語である。船上の会話、胸の鼓動、そして町のざわめき。それらが聞こえてくるような物語なのだ。
 ある意 味、本書により私のロマンチックな幻想は覆された。私が感動したのは古代人が危険を承知で、それでも海に一歩踏み出したのだと考えたからだ。ところが著者 は膨大な考古学的成果と、8歳の時から帆を操ってきた船乗りとしての経験から、彼らの航海の、その冒険性を否定する。彼らが水平線の先に向かったのは好奇 心やロマンからではないという。
 冒険性の否定。実は著者が最も訴えたかったのはそのことだ。天体の位置、潮のうねり、鳥の動き、島に伝わる伝 承。総合的な知を蓄積し海を体験的に解読することで、古代人はいつでもどこからでも帰れるという自信を持って外洋に漕ぎ出した。つまり外洋航海は日常的な 沿岸航海の延長線上にあり、未知への旅立ちが冒険でなくなるほど彼らは海と親密な関係を築いていたというのである。
 数万年かけて築き上げてきた、この人と海との関係は、つい先頃まで保たれてきた。少なくとも1世紀前、考えようによっては十数年前まで。しかし……。
  著者がこの本を書きあげた動機はエピローグにたっぷりと書かれている。あるいは、それこそ彼が最も書きたかったものなのかもしれないと思えるほど、強い筆 致で。端的に言うと、それはGPSに象徴される現代機器に知を外部化させて、何の省察もないまま自然との深い関係を放棄した現代に対する深い憂慮の念だ。
  「海は再び人間から遠い存在になった」と著者は書く。それは嘆きのようにも聞こえるし、人類は今まさに有史以来の転換点に立っているのだという警鐘のよう にも聞こえる。そしてその結語は、同じ思いからGPSを使わずに北極を旅している私にとって賛同せざるを得ないものだった。
    ◇
 東郷えりか訳、河出書房新社・3045円/Brian Fagan イギリス生まれ、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の人類学名誉教授。『歴史を変えた気候大変動』『アメリカの起源』など。

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海を渡った人類の遥かな歴史 名もなき古代の海洋民はいかに航海したのか

著者:ブライアン・フェイガン、東郷えりか/ 出版社:河出書房新社/ 価格:¥3,045/ 発売時期: 2013年05月

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歴史を変えた気候大変動

著者:ブライアン・フェイガン、東郷えりか、桃井緑美子/ 出版社:河出書房新社/ 価格:¥998/ 発売時期: 2009年02月

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アメリカの起源 人類の遙かな旅路

著者:ブライアン・M・フェイガン、河合信和/ 出版社:どうぶつ社/ 価格:¥3,956/ 発売時期: 1990年

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