2011年12月21日水曜日

kinokuniya shohyo 書評

2011年12月17日

『かんさい絵ことば辞典』ニシワキタダシ/コラム・早川卓馬(ピエ・ブックス)

かんさい絵ことば辞典 →bookwebで購入

 京都から東京へ移ったばかりのころ、街中で耳に入ってくるのが関西弁でないのが、なんとも居心地わるかった。

 関東に生まれ育った私は関西弁を話せないが、十何年の関西暮らしで耳は完全に関西仕様になっていたのだ。たまに帰省したとき、母親の関東弁がキツ くきこえて、ふつうに話しているのに、怒られているような気がするほどであった。最初は関西弁のほうがキツく感じられていたのに、関西弁にすっかり慣れて しまったのだ。

 そのため、自分のしゃべりはさておき、電車の中やお店などで、周囲から聞こえてくる標準語のイントネーションにいちいち「あれれ!?」となって しまう。さすがにもう、標準語の耳に切り替わったが、たまたま関西の人の割合が多いあつまりのなかで話をしていたとき、自分がすごくリラックスしているこ とに気づいて、関西弁のちからを感じた。

 あまり耳にすることのなくなった関西弁への懐かしさも手伝って手にとったのがこの本。関西の「ことば」とその意味、関西弁の関するコラムやクイ ズ、マンガ、「かんさいグルメ検定」に「かんさいなんでも相談室」、さらに綴じ込みの「かんさい名所絵すごろく」など、関西にまつわるもろもろの詰まった 関西弁バラエティ・ブック。
 主たる辞典部分には、ことばのひとつずつに、関西弁スピーカーのキャラクターたちが登場し、例として一言しゃべってくれているから、あたまのなかでそれを再現し、あまり耳にすることのなくなった関西弁を楽しむことができる。

 関西弁は、音の上がり下がりがなだらか、譜面におこしたら♯と♭が多そうで、耳触りがやわらかい。
 以前、関西弁を話す女性たちの聞き書きをしたとき、彼女たちの話すままを再現したいと思い、録音したものを一語一句、そのまま原稿に起こしていった。い つものテープ起こしよりも骨の折れる作業ながら、楽しくやりおおせたのは、自分では話すことできないことばの微妙な言い回しをひとつひとつ文字にしていく 楽しさと、そしてなにより、関西弁のきこえのよさのためだったと思う。

 近頃は、関西弁はもちろんのこと、メディアで方言が使われることがたいへんに増えた。私が京都に住みはじめたとき、ここまで関西弁は全国的ではな かった。ちょうど、ナインティ・ナインのTV番組『めちゃ×2イケてるッ!』がはじまった頃のこと。今となっては、人や物が「かっこいい」という意味で全 国的に通じる「イケてる」だけれど、状態が「よい」という意味もあって、それをアルバイト先でしょっちゅう耳にしたのだが、当時の私はその意味がすぐに飲 み込めなかったのだ。

 関西弁とひとことでいっても、地方によって単語も違えば、言い回しもそれぞれ(たとえばここには、「来ない」=「けぇへん」とあるが、京都では 「きぃひん」という言い方をよく聞いた)。だから、関西弁話者にはもの足りないかもしれないけれど、その外側の人たちにはじゅうぶんだろう。

 マンガもとてもかわいくて、つづけて読んでいくと、ちょっとしたストーリーになっているところもご愛嬌。ここには、関西弁の「効能」が、ゆるーくではあるけれど、上手く表現されている。
 居心地悪いとき、困ったとき、不愉快なとき、途方にくれるしかないとき……あまりよろしくない状況に立たされたとき、気持ちに立て直すのに、関西弁ほど 通りのよい、便利なことばはない。それはひとえに、関西弁のイントネーションのやわらかさのためであると私はみているのだが、どうだろう。

 たとえば苦手な人をやりすごすとか、なにかを断ったりしなくてはならないとき、関西弁で返せたら切り抜けられるのになあ、と思うことはよくある。だから、ピンチのときには、せめて関西弁で思考するように心がけでいる私である。



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