2011年12月2日金曜日

asahi shohyo 書評

河北新報のいちばん長い日—震災下の地元紙 [著]河北新報社

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)  [掲載]2011年11月27日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

表紙画像 著者:河北新報社  出版社:文藝春秋 価格:¥ 1,400

■解のない自問自答、新聞の役割の原点

 東日本大震災にさいして、東北の地元紙・河北新報がいかに対応し、何をどう伝えたか。そのドキュメントである。報道部、支局、写真部の第一線はもとより、印刷、販売、さらに裏方の「おにぎり班」まで、震災下の新聞社の日々が克明に伝えられている。
 地元紙は被災者でもあった。本社ビルは持ちこたえたが、組み版が潰れ、新潟日報の助けを得て新聞は出された。海沿いにある支局は流失あるいは壊滅し、店主が亡くなった販売店が3店、全壊19店、配達員の死亡・行方不明者は宮城県内で24人にのぼっている。
 テレビもネットも途絶えた避難所で、新聞はむさぼるように読まれた。店も自宅も流された宮城県女川町の販売店主は避難所に新聞を届け続けた。「待ってたよ」「ありがとう」。かつてない、読者からの言葉を耳にした。
 倒壊家屋から9日ぶりに発見された祖母と孫の救出模様を伝えるスクープがあった。切実な生存者情報を報じ、被災者の生の声をつづる連載もあった。記者たちは奮闘し、被災地の足元を照らす役割を果たした。ただ、彼らの多くは別の肉声を残している。
 ヘリに乗ったカメラマンは、石巻市の小学校屋上に「SOS」のサインを見つけ、手を振る人々を痛みを覚えつつ撮った。写真が載ればすぐに救助チームが派遣されるだろうと願ったが、実際に派遣されたのは1週間後と知る。自分の仕事は役に立ったのか……。
 親を失った少年少女への取材にあたった記者。途中で何を聞いているのか自分でも分からなくなり、頭が真っ白になった。彼らにしてあげられることは何ひとつなかった。自分が情けない……。
 宮城県知事の「死者は万単位に」発言は、各紙の大見出しになった。が、整理部記者は迷った末に「犠牲『万単位に』」とした。どうしても「死者」とは書けない。正しい判断であったのか……。
 福島原発の取材にあたった女性記者。本社からの退去指示を受け、いったんは福島を離れた。けれども住民は放射能汚染地域にとどまっている。私はもう記者を名乗る資格などない、いますぐ戻らないと一生立ち直れない……。
  未曽有の大震災。記者たちにとっても未曽有の取材行だった。記者たちを指揮した武田真一報道部長は、本書のラストをこう締めくくっている。「そもそも報道 とは何なのか?」と。"正しい"答えはないのだろう。けれども、新聞人たちが解のない自問自答にもがきつつ書き、撮り、送り届けたが故に新聞は力を持った と思う。本書は、新聞の意味と役割の原点を伝えるものともなっている。
 一連の報道で、河北新報は今年度の新聞協会賞を受賞している。
    ◇
 文芸春秋・1400円/かほくしんぽうしゃ 1897年創刊。宮城県を中心に東北6県を発行区域とする地域ブロック紙。「東北振興」が社是で、東日本大震災では「被災者に寄り添う」をモットーに、徹底した地元目線の報道を展開した。

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