朱野帰子
(あけの・かえるこ)
1979年生まれ。
2009年の第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作「マタタビ潔子の猫魂」 (メディアファクトリー)でデビュー。共著に「FKB話 怪談実話 饗宴」。
2011年12月16日
『ミステリーの書き方』日本推理作家協会編著(幻冬舎)
私同様、多くの作家志望者のほとんどは独学で小説を学ぶしかありません。運良く賞を獲ってデビューしたとしても、小説の書き方なんて誰も教えてく れません。同じ作家でも売れっ子作家は雲の上の存在、近づくことはおろか「どうやって書いてるんですか?」なんて気軽に尋ねられるはずもないのです。
そんな私にとってまさに神の恵みのような本が出版されていました。それがこの本、「ミステリーの書き方」。ミステリ小説界の売れっ子たちにズバリ「どうやって書いてるんですか?」と尋ねて回答を得たという画期的な本です。
今をときめく人気作家であり、日本推理作家協会理事長でもある、東野圭吾氏の「まえがき」からこの本は始まります。
多くのミステリ作家は、どうやって作品を生み出しているのか。 一言で言えば、苦労して、です。
ページをめくると、この本に回答を寄せた著者陣の名前がずらり。これを見るだけで思わずうしろにのけぞってしまいます。ミステリー小説ファンは もっと激しくのけぞるのではないでしょうか。綺羅綺羅しく名を連ねたこの売れっ子たちが、小説のアイディア探しから、取材の方法、プロットの立て方、登場 人物の設定、タイトルの付け方まで、つまり商売のノウハウを惜しげもなく教えてくれるというのです。
小説は文字が連なってできる一本の線だ。一本の線には両端がある。つまりはじまりと終わりのことだ。その二つをここでは発端と呼ぶ。すべての物語は発端と端末を結ぶ線なのだ。ミステリを書くならば、発端と結果はすなわち、事件の発生と解決のことである。
しかしその二つを結ぶ線が平坦で何の盛り上がりもなければ読者は飽きる。一本の線をどこかで折り曲げてジェットコースターのように波打たせなければならない。そうして読者の心を揺さぶる必要がある。その折り曲げるポイントを把握するため、私はいつもプロットを書く。
(「プロットの作り方」乙一)
例えば乙一氏は、プロットのスタイルにハリウッド映画のシナリオ執筆法を取り入れていると語っています。小説というものが、才能やインスピレー ションだけで書かれるのではなく、非常に科学的な方法を駆使してつくられているのだということが、これを読むとよくわかります。このように、知りたいと思 う項目を開けばそこにはいつでも「本物の作家」がいて、具体的かつ実践的な手法を教えてくれるのです。
この本で学べるのは手法だけではありません。「作家として生きていくにはどうしたらいいか」という漠然とした不安への答えも用意されています。日 本推理作家協会会員137名に向けて行われたアンケートの回答。これを読めば、小説家という職業のリアルな実態を知ることができます。
Q.職業作家として成立する条件は何ですか?(※回答は朱野による抜粋)
●コンスタントに書き続けること。くさらないこと。考えすぎもよくないと思います。<石田衣良>
● 「自分は何を書きたい」という気持ちを捨てて、どう書けば読者が喜ぶか、驚くかを最優先にすること。<富樫倫太郎>
● 徹底して社会全体にたいして寄生している職業なのだと自覚すること。<船戸与一>
● 書き続けられること。<東野圭吾>
● ミもフタもありませんが、運だと思います。良き編集者との出会いも運に左右されますから。<宮部みゆき>
● 著作による収入。<森博嗣>
137名分の回答に目を通すもよし、好きな作家の回答だけを追うもよし。いずれにしても、売れっ子作家たちのプロ意識の高さを痛いほど思い知るこ とになるでしょう。そして、彼らをとりまく激しい戦火が文章の随所からたちのぼってくるのを感じることでしょう。これから作家を目指そうとする人は、彼ら と第一線で戦うことの恐ろしさにくじけそうになるかもしれません。私などは東野圭吾氏の回答を追うだけで、その鋭利な刃で心がズタズタになります。一見穏 やかな宮部みゆき氏の上記の回答も、よく考えてみるとゾッとしませんか?
私は、自分の通っていた大学や小説の学校で、色々な小説家志望の人たちを見てきました。「てにをはが間違っている」と先生に指摘され「プライドが 傷ついた」と怒って帰った人。他の生徒に「面白くない」と言われ「あなたには理解できないのだ」とふてくされた人。「仕事が忙しい」を言い訳に作品を書か ない人。自分で推敲するのを面倒がって誤字脱字だらけの作品を合評会に提出する人。
みんな一度この本を読んでみるといいと思います。少なくとも私は、深く、深く、反省し、改心いたしました。そして死にものぐるいで頑張ろうと思いました。
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