2012年8月29日水曜日

asahi shohyo 書評

みんなの家。[著]光嶋裕介

[文]須藤輝  [掲載]2012年08月31日

表紙画像 著者:光嶋裕介、井上雄彦、内田樹  出版社:アルテスパブリッシング 価格:¥ 1,890

 みんなの家。いいタイトルだと思った。副題には「建築家一年生の初仕事」とある。著者はドイツ帰りの若手建築家で、「初仕事」の施主は、思想家であり合気道の師範である内田樹。本書は、内田の道場兼自宅「凱風館」ができるまでの記録である。
 1つの建築は「みんな」の共同作業で完成する。林業者、工務店、左官職人、瓦職人などなど。各々がプロフェッショナルであり、各々の物語が幸運な偶然をはらみつつ有機的に結ばれていく様子に「どんな家ができあがるのだ?」と、我がことのように胸が躍る。
  住宅は住む人の「自我のメタファー」である、と著者はいう。当代きっての論客・内田の周りには様々な人々が集い、彼を中心とした共同体が形成される。「凱 風館」は個人の家として完結するのではなく、パブリックな道場(学びの場)あるいはセミ・パブリックな書斎(研究・執筆だけでなく宴会や麻雀もできる)と して「みんな」に開かれている。それはかつての地域社会の縮図にも見え、現代における建築の1つの理想型を示している。

この記事に関する関連書籍

みんなの家。 建築家一年生の初仕事

著者:光嶋裕介、井上雄彦、内田樹/ 出版社:アルテスパブリッシング/ 価格:¥1,890/ 発売時期: 2012年07月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1

asahi shohyo 書評

柳田國男の恋 [著]岡谷公二

[文]曽根賢  [掲載]2012年08月31日

表紙画像 著者:岡谷公二  出版社:平凡社 価格:¥ 1,890

 著者はゴーギャン、アンリ・ルソーら熱帯に魅せられた画家の研究者であり、柳田國男の「青春」の研究者だ。今年は國男没後50年。
 本書 は彼の青春を「曝露」する──『遠野物語』の國男は、本邦民俗学の始祖となる以前、藤村も一目おく「恋の詩人」だった。その初恋の相手は、父母のいない、 肺病を患った美少女いね子。白皙の美貌帝大生國男は、いね子の家の周りを徘徊し、門前に立ち尽くしては「我が恋成らずば我死なん」と絶唱する。それに対し 醜男花袋は、友人の姿に我が妄想を仮託して「柳田物」恋愛小説を書きまくる。しかし國男の初恋は美人薄命(いね子享年18)の悲恋に終わる。途端「僕はも う覚めた。恋歌を作つたツて何になる! その暇があるなら農政学を一頁でも読む方が好い」とランボーばりに詩人の心臓を犬に喰わすと「大人=公人=民俗学 確立」の道を猛進した。だがどっこい詩人の心臓は犬も喰わないわけで、國男の心臓は引き裂かれたまま鼓動する──彼もまた、初恋に人生をこじらせてきた野 郎の1人だったのだ。

この記事に関する関連書籍

柳田國男の恋

著者:岡谷公二/ 出版社:平凡社/ 価格:¥1,890/ 発売時期: 2012年06月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(1 レビュー(0 書評・記事 (1


遠野物語・山の人生

著者:柳田國男/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥840/ 発売時期: 1976年04月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (0

asahi shohyo 書評

天皇と戦争と歴史家 [著]今谷明

[評者]上丸洋一(本社編集委員)  [掲載]2012年08月26日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

表紙画像 著者:今谷明  出版社:洋泉社 価格:¥ 3,360

■皇国史観から自由になれたか

 近代日本の歴史家たちは、「天皇」や「戦争」とどう向き合ったのか。
 『室町の王権』『信長と天皇』などの著書で知られる日本中世史の専門家が、そうした視点から「皇国史観」の平泉澄(きよし)をはじめ、喜田(きた)貞吉、林屋辰三郎、石母田正ら著名な歴史家の人と学問を描き出す。
 なかで興味深かったのは、「権門体制論」の成立をめぐる議論だ。
 日本中世の国家体制は、天皇家、公家、大寺社、武家(幕府)などの勢力が競合対立しつつも、相互補完的に構成していた、とみるのが「権門体制論」だ。国史大辞典(吉川弘文館)も岩波日本史辞典も、歴史学者の黒田俊雄(1926〜93)が63年に提唱したと記している。
 この通説に本書は異議を唱える。権門体制論の骨格部分は、平泉の『中世に於(お)ける社寺と社会との関係』(26年刊)ですでに提示されていた。黒田はそれを下敷きにしながら、平泉の著作からの引用をあえて避けて、自らの論文に仕立てたのではないか、と著者はみる。
  ただし、問題は黒田より、「当時の学界全体がそうした黒田の行論を看過し黙認した、その事実である」と著者は指摘する。皇国史観を忌避するあまり、平泉の 実証主義的な学説を、平泉個人から切り離して学説として尊重する姿勢を拒むなら、「われわれはまだ『皇国史観』の亡霊から自由になっていない、ということ ではないだろうか」と。
 このほか、「戦時下、歴史家はどう行動したのか」と題する論文や、歴史家を東西(東大と京大)に分けて論じた「西日本と 東日本では、どうして歴史観が違うのか」、さらに「網野善彦は戦後歴史研究とどう対峙(たいじ)したのか」などの論文を収録。いずれも、学問上の立場を越 えた先学への敬意が行間ににじむ。願わくば、歴史家たちの面貌(めんぼう)(顔写真)にもふれたかった。
    ◇
洋泉社・3360円/いまたに・あきら 42年生まれ。帝京大学教授。著書『象徴天皇の源流』など。

この記事に関する関連書籍

天皇と戦争と歴史家

著者:今谷明/ 出版社:洋泉社/ 価格:¥3,360/ 発売時期: 2012年07月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(2 レビュー(0 書評・記事 (1


象徴天皇の源流 権威と権力を分離した日本的王制

著者:今谷明/ 出版社:新人物往来社/ 価格:¥2,520/ 発売時期: 2011年12月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (0









asahi shohyo 書評

〈文化の扉〉はじめての「アダム・スミス」

[掲載]2012年08月27日

表紙画像 著者:アダム・スミス、大河内一男  出版社:中央公論新社 価格:¥ 2,100

 知名度は抜群なのに、マルクスやケインズのように熱っぽくは語られない。残した言葉「見えざる手」だけが、妙に知られる経済学の父が言いたかったこととは?

 産業革命以前の英国スコットランドの港町生まれ。36歳で出版した「道徳感情論」で注目を浴び、地元の大学で教授として、教壇に立った。「経済学の父」と呼ばれるのは後の話で、当時、まだ経済学の講座はない。講義は、論理学や道徳哲学などだ。
 だが、死去から200年以上経った今では、市場経済の守護者のように語られる。
  2005年、米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)のアラン・グリーンスパン議長(当時)はスミスの生地を訪れ、「現在の世界の発展に寄与 した巨人」とたたえた。自由な市場が成長と安定をもたらすことを証明したという理由だ。中国の温家宝首相も09年、英紙の取材に愛読書として「道徳感情 論」をあげ、社会の安定には、市場と道徳の二つの領域での「見えざる手」が必要との考えをスミスが残した言葉で説いた。

 「神の」という枕詞(まくらことば)に続いてよく使われる「見えざる手」。実はスミスは、この言葉を主著の「国富論」と「道徳感情論」でそれぞれ1回ずつしか使っていない。
 「国富論」で「自己利益の追求」の文脈で使ったため、「自由放任を説いた」などとその後の書物で書かれた。好き勝手に競争すれば、神の見えざる手が導いてくれ、すべてうまくいく——。そんな「市場万能主義」を正当化していると思われがちだ。
 だが、堂目(どうめ)卓生・大阪大教授(経済思想史)は「完全な誤解です」と指摘する。「正義にかなった経済活動をすれば」という条件をスミスは課していたという。
 市場重視のスミスは、当時の重商主義に批判的だった。国内産業を保護して金の蓄積を図るため、国家との癒着や既得権益が維持されやすい。「国が経済を引っ張ることはない。見知らぬ人を結びつける市場が富を生み出し、社会を豊かにすると考えていた」

 「正義にかなう」行為とは、何なのか。堂目さんは「フェアプレーの精神です」と話す。心の中で、他人の立場から見ても自分の振るまいは道徳的に正しいと思える。そういう感情だ。
 スミスは「道徳感情論」でこうした感情のメカニズムを分析、社会をまとめるルールと考えたという。「市場を他人と豊かになれる場所と捉えた哲学者だった」
 母国英国で今夏、大手金融機関による金利の不正操作が明るみに出た。リーマン・ショック以降、「身勝手なプレー」ばかりが目立つ金融市場は政府を翻弄(ほんろう)し、市民の生活を脅かす存在になった。
 経済入門書作家の木暮太一さんは「スミスは富を生む市場についてだけではなく、幸福につながる経済とは何かを考えていた」と話す。グローバル時代に「幸福につながる」市場とは。改めて突きつけられている課題に、スミスはどう答えるだろう。(高久潤)

■極論も語る現実主義者 作家・橘玲さん
 スミスは、ラジカルに制度や社会を変える急進的な思想家ではありません。現実主義者だったと思います。
  「国富論」は経済理論の本と思われがちですが、現実社会への具体的な政策提言もたくさんしている。植民地インドを放棄し、米国の自主独立を認める。当時の 主流から見ると極論だったと思います。急激な社会変化は、痛みが伴うことを知る現実主義者でありながら、理論的には極論も語れる。そんなめずらしいタイプ の人だと思います。
 道徳理論や経済メカニズム、法学など業績は多い。でも、スミスの特徴はなんと言っても国家より市場が道徳的な存在だと考えたことです。
  市場の弊害が何かと語られる現代から見ると、のんきな議論と思う人もいるかもしれません。でも、どうでしょう。20世紀の歴史だけを振り返っても、悲惨な 出来事は国家の暴力が生み出しています。2世紀以上前に気づいていたことになります。福祉国家が立ちゆかなくても、市場より政府に温かさを感じる人が今で もずいぶん多いのとは対照的です。
 今、スミスが生きていたらですか? 現代の「極論」を支持するのではないでしょうか。政府をできる限り小さくするリバタリアニズム(自由至上主義)です。日本に根付くことはないと思いますが。

〈読む〉
  あまり人生が知られていないスミスの本格的な伝記は、ロス著『アダム・スミス伝』(シュプリンガー・フェアラーク東京)。ただ2段組み500ページ超の大 著だ。もう少し気軽に読むならジェイムズ・バカン著『真説アダム・スミス』(日経BP社)を。放心癖があった若い時の逸話やヒュームら同時代の思想家との やりとりもわかる。

〈挑む〉
 晩年まで何度も書き直された2冊の著作を最後まで読み進めるのはたやすくない。堂目卓生『アダム・ スミス』(中公新書)、木暮太一『いまこそアダム・スミスの話をしよう』(マトマ出版)をガイドに。「スミスの理論があてはまるのは中国では?」という仮 説を立てたジョバンニ・アリギ『北京のアダム・スミス』(作品社)も、大著だが挑戦しがいはある。

この記事に関する関連書籍

国富論 I

著者:アダム・スミス、大河内一男/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥2,100/ 発売時期: 2010年01月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1


国富論 II

著者:アダム・スミス、大河内一男/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥1,890/ 発売時期: 2010年01月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1


国富論 III

著者:アダム・スミス、大河内一男/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥2,100/ 発売時期: 2010年03月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1


国富論 IV

著者:アダム・スミス、大河内一男/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥2,100/ 発売時期: 2010年03月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1


道徳感情論 上

著者:アダム・スミス、水田洋/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥903/ 発売時期: 2003年02月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(2 レビュー(0 書評・記事 (2


道徳感情論 下

著者:アダム・スミス、水田洋/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥987/ 発売時期: 2003年04月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(1 レビュー(0 書評・記事 (2


アダム・スミス伝

著者:I.S.ロス/ 出版社:シュプリンガー・フェアラーク東京/ 価格:¥5,985/ 発売時期: 2000年04月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (0


真説 アダム・スミス その生涯と思想をたどる

著者:ジェイムズ・バカン、山岡洋一/ 出版社:日経BP社/ 価格:¥1,890/ 発売時期: 2009年06月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (0


アダム・スミス 『道徳感情論』と『国富論』の世界

著者:堂目卓生/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥924/ 発売時期: 2008年03月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (0


いまこそアダム・スミスの話をしよう 目指すべき道徳と幸福と経済学

著者:木暮太一/ 出版社:マトマ出版/ 価格:¥1,680/ 発売時期: 2011年12月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (0


北京のアダム・スミス 21世紀の諸系譜

著者:ジョヴァンニ・アリギ、中山智香子、山下範久/ 出版社:作品社/ 価格:¥6,090/ 発売時期: 2011年04月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1