2010年9月1日水曜日

asahi shohyo 書評

反米の系譜学—近代思想の中のアメリカ [著]ジェームズ・W・シーザー

[掲載]2010年8月29日

  • [評者]柄谷行人(評論家)

■18世紀欧州に発する「否定」を批判

  今日世界のいたるところに「反米」の風潮がある。本書はその原因を現代の世界状況に見るかわりに、反米という観念の源泉に遡(さかのぼ)って考える。いい かえれば、否定的なシンボルとしての「アメリカ」がいつどこでいかにして形成されてきたかを見る。それはまず18世紀ヨーロッパの知的言説に発している。 アメリカではすべての生命体が退化する、犬まで啼(な)かなくなる、ということがまことしやかに説かれたのである。これはアメリカに向かって大量の移民が 出たことに危機感を覚えたヨーロッパ知識人が、当時先端の自然史学を利用して創(つく)った「アメリカ」のイメージである。

 以後、「アメリカ」は未開の自然状態から、最も発達した産業資本主義、大衆民主主義、消費社会を象徴するものとなっていく。 ヘーゲル、ハイデガー、コジェーブにいたるまで、ヨーロッパの哲学者は、人類社会がとる究極の頽落(たいらく)形態を「アメリカ」に見いだした。そのよう な見方は、現在もフランスから到来した「文芸批評やポストモダン哲学」において受け継がれている。著者は、それを批判し、肯定的なアメリカ(真のアメリ カ)をとりかえすべきだというのである。

 著者は、「反米」論には、アメリカへの称賛や肯定的な評価が隠れているのだ、と考えている。ヨーロッパに関しては、そのような 見方は半ばあたっているだろう。とはいえ、今日世界中に瀰漫(びまん)する反米感情には、そのような両義性はもはやない。アーレントは、フランス革命の前 に反貴族的な風潮が強まったのは、貴族が強かったからではなく、すでに衰退しているにもかかわらず以前と同様にふるまおうとしたからだ、といっている。現 在のアメリカについても同じことがいえる。アメリカがかつてなく嫌われているのは、衰退しているからなのだ。この事実を認めないと、著者のような主張はま すます「反米」感情を生みだすだけである。とはいえ、本書は、ヨーロッパの思想史を、「反米」というかつてない視角から照明したものとして読むと、なかな か面白い。

    ◇

 村田晃嗣ほか訳/James W. Ceaser 米バージニア大学教授(政治学)。

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反米の系譜学—近代思想の中のアメリカ (MINERVA人文・社会科学叢書)

著者:ジェームズ W.シーザー

出版社:ミネルヴァ書房   価格:¥ 5,775

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