2010年9月8日水曜日

asahi shohyo 書評

寡黙なる巨人 [著]多田富雄

[掲載]週刊朝日2010年9月10日号

  • [評者]温水ゆかり

■人生と学問に重なる"新しき人"

  ポピュラーサイエンスというジャンルは案外侮られている。でも本来は"専門知識を広汎に伝える"ことのはず。その意味で著者の『免疫の意味論』(93年) は本義が結晶化した本だった。半分も理解できないから大切な蔵書に。この4月、著者の訃報に接し、再読した方も多いのでは?

 小林秀雄賞を受賞した本書は2部から成る。前半が01年、金沢で脳梗塞に倒れてからの1年弱の闘病記。タールのような海に浮か ぶ臨死体験の描写も迫真だが、目覚めると身動きも発語もできず、恐怖感から「声にならない声ですすり泣くしかなかった」という慟哭には、こちらも声がな い。しかし頭脳は無傷だった。後半にはワープロに向かって左手の指1本で書かれたその後6年間の随想を収める。タイトルの巨人とは、リハビリの過程で著者 の中に生まれた新しき人。多田さんが再生に託したイメージは、まさに非自己を自己化する免疫のネットワークを思わせる。

 自己と言えば、重要な要素である性を『生命の意味論』で「女は存在、男は現象」と看破した名言も忘れがたい。以後"布教"にあい努めている。おもに男にウンザリしている女友達に。知的なユーモアのある方だった。

表紙画像

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

著者:多田 富雄・養老 孟司

出版社:集英社   価格:¥ 600

表紙画像

免疫の意味論

著者:多田 富雄

出版社:青土社   価格:¥ 2,310

表紙画像

生命の意味論

著者:多田 富雄

出版社:新潮社   価格:¥ 1,890

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