2013年09月17日
『日本料理の贅沢』神田裕行(講談社現代新書)
「真の日本料理とは?」
数年前から、パリは日本食ブームである。バカンス前は中華料理店だったのが、バカンスから帰ってきてみると「Restaurant Japonais」となっている事が珍しくなくなった。メニューは「寿司・焼き鳥」がメインで、時々天ぷらもある。「寿司」の写真には、フランス人が好む 鮭やマグロが沢山載っていて、光り物、イカ、タコ等はめったにない。巻物は「Maki」というフランス語になっている。こういった店が増えてくると、真の日本料理店を見つけるのが難しくなる。また、「真の日本料理」とは何だろうと考えてしまう。日本料理も他の料理 を取り込んで変化していくべきなのか。それとも、変わらない何かがあるのだろうか。そういった疑問に神田裕行は『日本料理の贅沢』で明確に答えている。
神田は東京でミシュラン3つ星の店「かんだ」を営んでいるが、かつてパリの日本料理店の料理長をしていたことがあり、海外事情にも詳しい。この本 の出だしは「日本料理は、日本にしか咲かない花のようです。」とある。その理由として「日本料理は、良くも悪くも日本固有の食材と、日本独自の食材流通ス ピードによるすばらしい鮮度に頼るところが大きい」ことだ。海外で日本料理を作る事に苦労したから分かることだろう。
旬の食材を大切にするのは、一流の料理人ならば当然のことだが、「日本料理は三口目が勝負です。」というのは、なるほどと思わせてくれる。「一口 目でおいしいと思うような味付けはすぐに飽きる」のも、経験することだ。神田は徹底的に客の満足度を考えている。そしてそのために、料理を変えていく。酒 好きの客には酒肴的なもの、食べるスピードが早い客にはボリューム感のあるもの、接待ならば会話しづらいような料理を避ける、外国人には自国の食習慣から あまりかけ離れないもの、等等。
これは彼の言う「カウンター割烹」ならではの技だ。料亭では不可能だろうし、一流のフレンチの店でも、レシピ通りにきちんと仕上げるのが普通で、 客はその味に馴染まなくてはならない。客の様子に合わせて細かく料理を変えるのは、日本的心遣いかもしれない。刺身を塩で食べてほしい時に、塩だけではな く醤油も出し、塩の方がお勧めですと言う。客は殆どが塩を使うが「自分で塩を選んでいるという、主体的な気持になる」ので納得するという。心憎い演出だ。
鍋の中の対流、魚の生態、素材の脂と水、味の染みこみ方等、明確で科学的な考察と方法論が述べられている。新しいものと出会った時、客から質問さ れた時、謙虚にその答えを考え追求する姿勢がみられる。どの世界でも一流と呼ばれる存在になるためには、一つの疑問に対して徹底的に考えて、考え抜いてい くという事ができるかどうかが大切だということがよく分かる。その結果として、家庭でも実現できる簡単なレシピが至るところで紹介されているのも楽しい。
「かんだ」は日本料理店だが、ワインも100種類ほどおいてある。「リストに載っているどのワインを注文されても、それに合う料理が出せないよう では、リストを作る意味がないですから。」と神田は言う。嬉しい自信だ。ワイン好きの当方としては、好きなワインを何本か選んで、それに合った料理として 何が出てくるか、試してみたい。
ワインは「天(気候)・地(畑)・人(生産者)」が大切だといわれる。料理もそのようだ。必要な良い素材を産む風土があり、畑や海がある。そしてそれを料理する人がいて、客がいる。これらの要素が全て揃った時に「真の日本料理」ができあがるのだろう。
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