原風景のなかへ [著]安野光雅
[評者]原真人(本社編集委員) [掲載]2013年09月15日 [ジャンル]アート・ファッション・芸能
■魔法が隠されているよう
安野光雅が描くと、花も森も写実的なようでいて、なぜかだれの絵とも違う、淡く、澄んだ色調になる。独特の安野ワールドになるのだ。それは水彩やパステルの独特のタッチのせいだとずっと思っていたが、この本でそれだけではないと知った。
昭和の面影が残る千葉県佐原の街並み。土蔵や郵便ポストまでていねいに描いたその水彩画を著者は「一見写生風に見えたらお慰み」といい、実は一軒一軒バラバラにスケッチして組み合わせた「仮想の町」だと明かす。みる側にそれと知られぬ巧(たくら)みが施されているのだ。
絵は「むしろ見えないものを描くもの」と著者はつぶやく。収められた日本の原風景34作をそうやってながめ直すと、何げない風景にも魔法が隠されているようで楽しい。
当代の名文家でもある著者の一作ごとのエッセーもニヤリ、ほろりとさせられる逸品ぞろいだ。いや、画の手の内まで明かすのだから、本書の主役はむしろこちらかも。
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山川出版社・1680円
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