2013年1月17日木曜日

asahi shohyo 書評

柄谷行人さん 古代ギリシャに希望の光

[掲載]2013年01月15日

柄谷行人さん=松本敏之撮影 拡大画像を見る
柄谷行人さん=松本敏之撮影

表紙画像 著者:柄谷行人  出版社:岩波書店 価格:¥ 2,205

 ソクラテスが広場に出たように柄谷行人はデモに行く。社会学者の大澤真幸がそう評した思想家・柄谷行人のギリシャ哲学論『哲学の起源』(岩波書店)がまとまった。希望が、ソクラテスの生きた古代ギリシャから現代に回帰してくる。

 ——人類の社会史を生産様式でなく交換様式から見直した『世界史の構造』(2010年)の続編ですが、なぜ古代ギリシャを。
  『世界史の構造』では普遍宗教の問題を取り上げたのですが、そのとき、それに匹敵する事件としてギリシャの哲学のことを考えていた。しかし、スペースの都 合で書けなかったから、別の本として書いたのです。その際ヒントとなったのは、哲学者ハンナ・アーレントの指摘ですね。
 ギリシャに「イソノミ ア」という言葉があります。同等者支配と訳されることが多いけど、アーレントは無支配(ノールール)と訳した。デモクラシー(民主主義)のクラシーは支配 ですから、無支配はまるで異質です。デモクラシーでは自由と平等は背反しますが、イソノミアでは違う。自由であるがゆえに平等です。
 これはイオ ニア(現トルコのエーゲ海沿岸部)の植民都市に存在した。アテネ民主政を始めたとされる執政官ソロンの改革(債務奴隷の解放など)は、イオニアから学んで イソノミアを実行しようとしたのだと思う。しかし、財産上の階級分化が起こっていたアテネではうまくいかず、僭主(せんしゅ)(独裁者)政に帰結した。そ の後の民主政でも、イソノミアとはほど遠い。

■民主主義超える「イソノミア=無支配」
 ——アテネの民主主義は理想化されています。
 現在の代議制民主主義に対してアテネの直接民主主義が称賛されるのですが、実際は、そうではない。アテネには現在の民主主義の欠陥がすべて見いだされます。われわれが参照すべきなのは、イオニアのイソノミアです。
 しかし、それに関する資料は少ない。イオニアの自然哲学がそれを示すものだといってよい。自然哲学は、イソノミアが崩壊しつつあった時期に生まれた「社会哲学」でもあるのです。
  イオニアの哲学者の中には、通常は哲学者とみなされない歴史家ヘロドトスや医学者ヒポクラテスをも入れてよいと思う。ヘロドトスは自民族中心主義がなく、 ヒポクラテスは貧富・人種の差なく治療する医の倫理を確立した。このような態度は、氏族社会の伝統が強く残り、奴隷制や外国人排除に基づいたアテネからは 出てこない。
 僕の本で鍵になるのは、イオニア出身で、万物の始原に「数」を見いだしたピタゴラスです。彼はインドから輪廻(りんね)の観念をも ちこんだといわれますが、それは彼以前からギリシャにありました。ピタゴラスは、イオニアでイソノミアを回復しようとした結果、僭主政になってしまったの で、亡命し、長く世界各地を放浪したあげく、南イタリアで教団を始めた。彼の教団は経済的に平等で、男女の差別もないコミュニズムでしたが、「自由」はな かった。
 それを反復したのがプラトンです。彼もソクラテスを処刑したアテネの民主政に失望し、放浪したあげく、ピタゴラスをまねて「アカデミア」をつくり、「哲人政治」を唱えたのです。
 ——刑死したソクラテスに、精神分析医フロイトのいう「抑圧されたものの回帰」としてイソノミアを見ています。
  ソクラテスは、ダイモン(精霊)に民会(議会)に行くなといわれた。そのかわりに彼は広場に行って、誰彼となく問答をした。民会には外国人、女性、奴隷は 入れない。それに比べると、広場には真の民会があるといえます。むろん、ソクラテス自身はイソノミアについて考えていなかった。無意識にそうしたのです。 その意味で、ソクラテスの活動は「抑圧されたイソノミアの回帰」だということができます。

■脱原発デモにソクラテスの広場を見た
 ——『哲学の起源』は、元は月刊誌の連載で、脱原発のデモに行きつつ執筆したわけですね。
  しかし、その時は、大澤真幸が書いた「ソクラテスと広場」のことを考えていなかった。そのことに思い当たったのは、去年の6月末、首相官邸前の集会が拡大 したときです。国会(アセンブリー)の真横に、広場のアセンブリーがあったわけですから。国会議員がこちら側にあいさつにきた(笑い)。その意味で、ソク ラテスがそこに回帰してきたような気がします。あるいは、イソノミアが。
 ——総選挙の結果をどう見ていますか。
 大体こうなるだろうと は思っていました。反原発のデモと沖縄の基地反対運動が最も高揚した去年の7月に、日本国家は尖閣諸島国有化を唱えて、中国の脅威をあおった。その作戦が 奏功したと思う。しかし、それは一時的なものにすぎない。原発事故以来始まった市民の活動を抑えることはできないでしょう。政治家・官僚はいうまでもな く、メディアへの素朴な信頼感はもう消えてしまった。
 ——代議制民主主義に対する失望がありますね。投票率も非常に低い。
 今後、代議 制民主主義が大きな問題になることはまちがいないですね。たとえば、ギリシャの民主政からは、僭主が現れる。あるいはデマゴーグが出てくる。こちらは日本 にすでにいますが(笑い)。民主主義はひどいものだけど、それよりいいものがないから、やむをえないというシニカルな見方が強い。しかし、やはり民主主義 を超える理念が必要です。僕の考えでは、それがイソノミアですね。だから、イオニアの哲学について考えてほしいと思います。(聞き手=編集委員・村山正 司)
    ◇
 からたに・こうじん 1941年兵庫県生まれ。69年に夏目漱石論で群像新人文学賞評論部門を受賞。著書に『日本近代文 学の起源』『マルクスその可能性の中心』『トランスクリティーク』『世界史の構造』など。英語、中国語、韓国語などへの翻訳多数。法政大や近畿大の教授な どを歴任し、海外の大学でも頻繁に講義してきた。

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