2011年6月1日水曜日

asahi shohyo 書評

メディアと日本人—変わりゆく日常 [著]橋元良明

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2011年5月29日

表紙画像著者:橋元 良明  出版社:岩波書店 価格:¥ 798


■データが覆す俗説と思い込み

 メディアはいつも論争の的である。善玉菌なのか、それとも悪玉菌なのか。ただ、ハッキリしていることは、90年代の半ばからケータイとインターネットを立役者にメディア環境が急変し、日常の生活や行動も一変したことだ。

 それでは、この変化を実証的かつ継続的にフォローした研究があるだろうか。それがあれば、メディアに関する極端な臆見(ドク サ)に修正を迫り、実態に即した根拠のある議論が展開できるはずだ。本書はまさしく、こうした課題に応える貴重な研究の成果であり、一読に値する啓蒙書 (けいもうしょ)である。本書には、著者を中心とする「日本人の情報行動調査」の膨大な実証的データのエッセンスが詰まっており、そこから日本人の情報行 動とその実態が浮かび上がってくるからだ。

 日本人のメディア受容の歴史をコンパクトに整理した第1章と、テレビとインターネットに対する「ネオフォビア」(新規恐怖)の諸相を、主にアメリカの研究成果を参考に整理した第3章を除くと、情報行動調査の成果が遺憾なく発揮されているのは、第2章と第4章である。

 メディアの利用形態の変化を論じた第2章で特に面白いのは、読書離れが進んでいるという俗説や「軽薄な」テレビより新聞の方が 信頼性が高いといった思い込みが、客観的なデータによって覆されていることだ。さらに第4章ではネット世代の若者たちを「76世代」「86世代」「96世 代」に類型化しつつ、若者たちのメディア利用行動とメンタリティの変化に迫っている。

 目から鱗(うろこ)が落ちる思いがしたのは、意外にもPCネットを利用する若者は、携帯ネットを利用する若者よりも政治的関心 が高いという調査結果である。こうしたことは、本書の豊かな成果のほんの一部にすぎない。メディアの機能代替の価値を中心に様々なメディアの切磋琢磨 (せっさたくま)と共存の未来を論じた終章も含めて、実に読みがいのある新書である。

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 はしもと・よしあき 55年生まれ。東京大学教授。『背理のコミュニケーション』など。

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