2010年5月7日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2010年05月05日

『マックス・ウェ−バ−と妻マリアンネ — 結婚生活の光と影』クリスタ・クリュ−ガ−(新曜社)

マックス・ウェ−バ−と妻マリアンネ — 結婚生活の光と影 →bookwebで購入

「サブタイトルで引かないように」

 ウェーバーの伝記は、妻のマリアンネのものが圧倒的な詳しさと当事者性から確固とした地位を占めている。しかし妻が書いたものだけに、どうしてもぼかさ れてしまうところ、描かれないところというものもでてくるものである。本書は、著者がさまざまな関係者の証言や、家族や友人宛ての書簡を発掘して、別の面 からウェーバーとその妻の生涯に光を当てようとする。

 ウェーバーの私的な状況を知りつくしていたマリアンヌの情報の価値は高いが、は大きいが、主著とされる『経済と社会』の構成における作為をめぐってさま ざまな疑問が出されている。これは主著は言われるが、ニーチェの妹が捏造した『権力への意志』と同じような性格の書物かもしれないのである。

 圧巻なのは、ウェーバーの神経失調症の発病と、その看護においてマリアンネが果たした役割の分析だろうか。妻の伝記では詳しい症状は描かれてい なかったが、「焦燥、不眠症、疲労、背中の痛み、発作的ななきじゃくり、頭痛、両手の震え、鈍い放心の状態、口がきけなくなること」(p.101)などだ けではない。「苦痛な勃起と射精をともなう、責めさいなまれるような夢と睡眠障害」(p.103)をともなうものであり、ウェーバーはこれを「悪魔た ち」(同)と呼んでいたという。

 この障害が父親の断罪とその直後の病死を「原因」としたものであったのはほぼ確実であるが、ウェーバーのエディプス・コンプレックスはたんに母親 との愛着だけを原因としたものではなかったらしいので、病はきわめて治療が困難だったろう。夫からの独立と自由を望んでいた母はつねにウェーバーに助けを 求めていたが、それでいて母親としてはきびしいプロテスタントの禁欲の精神をもって子供たちを律していたのである。いわばウェーバーには父親が二人いたの であり、超自我の抑圧は二重に厳しかったのである。

 ウェーバーの病は、死を願っていた父親の死への罪の意識だけではなく、父親から守ろうした母親からうけついだ超自我との戦いという意味をもってい たのだろう。母親は息子の病気を本人の意思薄弱にすぎないと責め立てていたのであり、妻と母とに看病されながら、ウェーバーは病気の利得を利用することも あったらしい。妻が母と「意気消沈した夫を時々ひそかに観察し、気力が回復する兆候はないかと窺っていると、マックスはそれにたいしてダンマリ状態に後退 することで応じる」(p.113)のである。

 興味深いのは、ウェーバーがローマでフロイトと出会っているらしいことである。著者は「一九〇一年にマックス・ウェーバーはローマで、同じように 古典の教育を受けた、ほとんど同世代の男性と会うことができたようである」(p.115)と語っているのである(ただし証拠はない)。ウェーバーの『プロ テスタントの倫理と資本主義の精神』はフロイトの『性理論三篇』と同じ頃に書かれた書物だった。フロイトのある論文に、この神経失調症にあるウェーバーの こととしか思えない大学教授の逸話が語られているので、前から不思議に思っていた。フロイトとウェーバーが同じ時期にローマに滞在したのはたしかなのだ が、どちらの伝記からも、出会いの確証はみつからないのがじれったい。


 また晩年のウェーバーの「老いらくの恋」の逸話もおもしろい。まだ発表されていない書簡などもあって、確実なところをつきとめることができないのだが、 『中間考察』において、エロス論が展開される理由は、ウェーバーの恋愛がきっかけだと考えると、実にわかりやすいのである。「婚姻関係の枠外における性生 活は、昔の農民にみられた有機的な生活の循環からいまや完全に抜けでいる人間を、なおも一切の生命の根源たる自然へとつなぎとめうるただ一つの絆とな る」(ウェーバー『宗教社会学論選』邦訳一四〇ページ)という文章にこめられた熱情は強いものであり、それを理解するための手掛かりがそこにあるのかもし れない(もちろんエロスは抑圧から逃れるための出口としてウェーバーが理論的に提示した抜け道の一つにすぎないが)。

 この書物ではマリアンネの活動と、ウェーバーとの結婚生活にかけた思いの強さも描き出される。ウェーバーが『中間考察』で「老年のピアニッシモの ときにいたるまで」と引用符をつけて書いているのが、マリアネンの著書からの引用であり、婚姻の絆を死にいたるまで握り締めていたというマリアンネの願い を肯定的に語ったものであることは、ぼくはこの書物を読んで初めて知ったのだった。

【書誌情報】
■マックス・ウェ−バ−と妻マリアンネ — 結婚生活の光と影
■クリスタ・クリュ−ガ−著
■徳永恂ほか訳
■新曜社
■2007/12
■322p / 19cm / B6判
■ISBN 9784788510784
■定価 3570円

●目次
第1章 「私は婚約したつもりでいるんですが」
第2章 「哀れな子よ、今日がどんな日か知っているのか、お前の父親は処刑されるのだぞ」
第3章 「ぼくたちはお互い自由で対等なんだからね」
第4章 「君たちはみんな、職業人だけがまともだと思っているのだ」
第5章 「豚でさえそれには怖気をふるうだろうよ」—性倫理の原則的問題
第6章 「友情(兄弟愛)—遥かな国」
第7章 「…自分の国を追われた王様」
第8章 「いざさらにイタカへと船をやれ—汝の老いへ、汝の死へと」
第9章 「それでもやはり—戦争は偉大ですばらしい」
第10章 「偶像や神像の瓦礫の山」

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