2010年5月15日土曜日

asahi society art publication Lost Generation

「ロスジェネ」2年で終刊 「本来の仕事に集中」選ぶ

2010年5月13日

写真:計6回発行された「ロスジェネ」。最終号(右下)だけはハードカバーの表紙だ拡大計6回発行された「ロスジェネ」。最終号(右下)だけはハードカバーの表紙だ

 若者の現実を伝えたいと2年前に生まれた雑誌「ロスジェネ」が、今年4月発行の第4号で終 刊した。貧困や生存の問題を当事者世代が言葉や絵で表現し、多くの人が手に取った。新卒の就職率は低迷し、第2のロスジェネの誕生も心配される今、なぜ幕 を下ろすのか。

 「もう一度立ち上がるために我々は、この虚(むな)しく飽和した言論状況を自らの実行=作品によって終わらせることを選びまし た」

 最終号の黒い表紙に白い文字で、静かに決意が語られている。

 ロスジェネ(ロストジェネレーション)とは、1995〜2005年ごろの就職氷河期に社会に出た世代。労働環境の悪さに苦しみ ながら、上の世代などからは「甘えている」と見られることもあった。雑誌は、旧来の労働運動や左翼といった枠を超え、若者が共有できる言葉を発信すること を目指して08年6月に創刊。硬い論だけでなく、小説やルポ、漫画も載せた「奇妙な総合誌」が生まれた。

 編集委員は作家の浅尾大輔さん(40)、批評家の大澤信亮(のぶあき)さん(33)、画家の増山麗奈(れな)さん(33)の3 人。「右と左は手を結べるか」「反貧困」などの特集を組んだ。キヤノン工場雇い止めのルポや湯浅誠さん、上野千鶴子さんらの登場も注目された。

 創刊号は1万1千部超。2・3号と2回の別冊は3千〜7千部。20〜30代以外に50〜70代の読者もいた。終刊は採算が理由 ではないという。

 政権交代が起きた昨年9月、編集長の浅尾さんが終刊を提案した。派遣法改正を掲げた新政権の誕生を歓迎する気分が生まれる中、 次に何を目指すべきかの認識を編集部内で共有することが難しくなっていた。雑誌に編集委員自身の作品を発表する中で、質をもっと上げなければという思いも 強まっており、「それぞれが本来の仕事に集中するべきだ」と考えた。

 「ロスジェネ」と同時期に他にも、「POSSE」「フリーターズフリー」など当事者世代による雑誌が創刊。「ロスジェネ論壇」 という呼び名も生まれ、働きやすく生きやすい社会を模索する言動への注目も高まった。だが編集部内には、単にカネや社会保障を求めているだけの雑誌ではな いという考えもあった。144ページを割いた最終号の対話には、資本制そのものを問い直そうとする視点を盛り込んだ。

 読者からのメールは、短いものが多かった。精神的に追いつめられた人もいた。雑誌は確かに、雄弁な言葉を持たない若者を体現し ていた。秋葉原無差別殺傷事件が起きたときには別冊も出した。

 だが最終号を編集した大澤さんは巻頭言で「我々の言葉は彼がネットに書き込んだ殺意に匹敵していたか」と自問した。事件を起こ した「彼」のような人にこそ向き合いたいと考えて創刊したのに、自分たちはいつの間にか「社会問題」として語るだけになっているのではないか、と。

 話し、書くことや雑誌発行は、やろうと思えば誰にでもできる。そんな事実を示せたことは雑誌の成果だと、それでも3人は考えて いる。だから、続けることにはこだわっていない。

 最終号は1050円で、かもがわ出版から発売中。(高重治香)

0 件のコメント: