2010年5月26日水曜日

asahi shohyo 書評

祭りの季節 [著]池内紀

[掲載]2010 年5月23日

  • [評者]平松洋子(エッセイスト)

■ひたひたと近づく郷愁の足音

 ドイツ文学者、池内紀の十数年におよぶ長い旅、祭りめぐりの足跡がここにある。

 北海道木古内の「寒中みそぎ」から長崎玉之浦の「大宝砂打ち」まで、なつかしい三十六の祭礼。北に、南に、こんな祭りがあるの か。伝承行事の綿密な記録に驚くとともに、資料を携え、はるばるたどり着いた土地に佇(たたず)む著者のすがたが浮かび上がる。

 「ちょうど私は五十五歳を迎える前で、三十年の教師生活にケリをつけ、べつの生き方を心に決めていた」

 祭りの季節を追う。それは、個を生きようとする人生の表明であり、ひとりの日本人として、消えかける地縁社会、根枯れ寸前の伝 承文化を手がかりに日本を考察する契機でもあった。

 昭和二十年代、夏祭りの夜。羽織はかま、顔におしろい、唇に紅、額に黒いチョボ、つかのま池内少年は武者に変身した。祭りが終 われば煌々(こうこう)と明るい境内から一転、暗闇のなかランニングシャツで家路につく——雪洞(ぼんぼり)のように灯(とも)る著者の記憶が、日本人の 心の深層に棲(す)む幻影を誘いだす。各地の祭りのにぎわいの彼方(かなた)からひたひたと郷愁の足音が近づき、胸が疼(うず)く。

表紙画像

祭りの季節

著者:池内 紀

出版社:みすず書房   価格:¥ 3,360

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