ちょっと怠けるヒント [著]松山巖
[掲 載]2010年5月9日
- [評者]四ノ原恒憲(本社編集委員)
■機械にはなれない人間だもの
日々の我が営みを見て、おおかたの人々が下す評価は、どうも「怠け者」ということらしい。認めるにやぶさかではないが、世間の、 「怠け者」を見る目は、決して優しくない。どこかで一矢を報いたい。そう思い続けてきた者にとっては、このタイトルは福音とも響く。
松山さんは、一つの逆説を提示する。人類は、生活を便利にしようと様々な物を発明発見し続けてきた。雑多な仕事、手順を整理 し、面倒をなくしていくその作業は、できる限り怠けようとしてきたことになる。でも、その結果、新たに増えた雑多な作業に追いまくられているのが現代では ないか。人々は疲れ果て、精神を病む。怠けようとして、ますます怠けられないのはなぜか、と。
どこかで、世間を動かすルールが変わるのだ。便利になるとは、「効率」が、重視される世界に移行するということだ。そのルール が、いつしか、人間の働き方、生き方にも適用されはじめる。最も効率よく働くには、機械と化せばよい。しかるに、生身の人間は機械とは違う。感情もある、 疲れもする、疑問も持つ……。少しでも怠けを許容しないことが、「現代の病」の根源ではないか。
漱石、子規を始めとする東西古今の文学、土地開発で消えゆく路地の効用、建築において、一見無駄にみえる「木組みの遊び」や 「タイルの目地」の働き、レビストロースが説いた「器用仕事」の現代性、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』で説く「遊び」の意味……。
様々な観点から、「怠ける」ことがもたらす美点を、自称「怠け者」の松山さんらしく、ゆったりと、寄り道しながら言挙げしてゆ く文章は、どこからか、警世の書と化す。
誤解されては困る。著者は「だらだらと怠ける」ことを勧めはしない。それは「肉体的、精神的に疲れる」だけだ。誰でも必死に生 きざるを得ない。だから「ちょっと」、そしてどこか「切実に」と。易(やす)きに流れ、酔いに時を忘れる我が暮らしは、やはりただの「怠惰」にすぎないの か、と恥じ入るのみ。
◇
まつやま・いわお 45年生まれ。作家・評論家。『うわさの遠近法』など。
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著者:松山 巖
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