2013年4月20日土曜日

asahi shohyo 書評

Y.Ernest Satow [著]アーネスト・サトウ

[文]森村泰昌(美術家)  [掲載]2013年04月14日

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雪のリバーサイド・パーク、ニューヨーク、1955−57

 得も言われぬ美しい写真集である。作者は日本人の父とアメリカ人の母を持ち、日本に生まれアメリカで写真家となった。戦後、「来日/帰国」し、京 都で結婚、晩年は大学で教鞭(きょうべん)をとった。音楽家バーンスタインやソビエトの首相フルシチョフのポートレイト、あるいはアメリカ、メキシコ、日 本など各地の風景を、時には構成主義風に、時には豊かなロマンチシズムを漂わせて撮った。1990年、63歳で逝く。
 アメリカでデビューを果た したアーネスト・サトウが代表作を次々と発表したのは、50年代後半から60年代初頭のことである。「ライフ」に代表されるグラビア誌が隆盛だったこの時 期、世界は写真の力で変えられると、写真家たちは自らの仕事に高い理想を掲げていた。その息吹を浴びて、サトウの写真にも溌溂(はつらつ)たる青春が薫 る。
 ニューヨーク、リバーサイド・パークの雪景色を撮った代表作がある。画面のほとんどは雪で、埋もれた樹々(きぎ)や鉄柵がわずかに垣間見え る。雪の白はハイキーにプリントされ、印画紙の白い地色がそのまま雪の色となる。描かないことが空間表現の最高の手法であるという水墨画の美学を、写真と いうモダニズムの美学に置き換える。その置き換えにあざとさはなく、なにか、発見の素直な歓(よろこ)びに満ちている。
 「日本」はこの写真家の心奥に潜む見果てぬ夢の美であり、アメリカはその美を育む「今」だった。このふたつが重なった「得も言われぬ美」に、アーネスト・サトウの面影を見るのは私だけであろうか。
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916 Press・3360円





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