食卓の変遷　長沢美津子が選ぶ本

[文]長沢美津子(文化くらし報道部)　 [掲載]2013年03月31日

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近年話題になった料理本と食関連ニュース

■だれとどんな料理を食べた？

　「それでも、ご飯は食べる」という現実を前に、レシピ本は世に送り出されてきた。家庭料理は、むしろ代わり映えしない方がいい地味な素材だが、時代の味付けが口にあえば、ミリオンセラーに仲間入りする。その変遷を追った最近の本とともに、明日の食卓を考えた。
　発売から２年、ランキングを独走する『体脂肪計タニタの社員食堂』（大和書房）は発行３０５万部（２５日現在）。続編は１８９万部（同）で、４月には第３弾が出る。「やせる社員食堂」としてメディアに露出した影響は大きく、レシピ本としては桁違いの売れ行きだ。
　味が気になる。掲載メニューから「ささみのピカタ」を作ってみた。脂肪の少ない鶏ささみを、油を使わずオーブントースターで焼きあげる。ヘルシー＝わびしい点を、少量かけた粉チーズの風味で補っている。けなげな工夫に、ごちそうさま。
　中心読者は３０代後半〜４０代の女性で、生活習慣病の当事者世代より若い。担当編集者の元には「メタボ気味の夫と、ダイエット願望の強い娘に食べさせたい」と読者から声が届く。本を手に、せめて家では食べすぎないよう、がんばって料理する。それが、いまの日常なのか。
　時間を巻き戻してみよう。
■黄金期はわずか
　江原絢子『家庭料理の近代』には、人びとが日々のおかずに関心を持つのは明治期で、西洋文化がバラエティーを広げたとある。高等女学校が「教育」として選んだ和洋中折衷の献立が、都市部の中流家庭から、地方に広がるのは戦後だ。
　全国の家庭で手に入る食材が増え、栄養バランスがとれるのは１９６０年代で、その黄金期がわずか２０年後の８０年代前後に終わったという著者の指摘にハッとする。「昔の食事はよかった」「いまの食卓は崩壊している」と、無自覚にいいすぎていないだろうか。
　料理と女性の変化を追った阿古真理『昭和の洋食　平成のカフェ飯　家庭料理の８０年』は、誰と（あるいはひとりで）食べたのか、同じ食卓につく人の変遷としても読める。題材は、人気を得た雑誌や本、コミックやテレビ番組の食だ。
　家事を自己表現にした「カリスマ主婦」、女の子を励ます「レシピブロガー」、人目を気にせず手抜きする「ずぼら妻」。各世代の代弁者に共通するのは、料理を教えるのでなく、肩の力を抜いて楽しさを「伝える」視線だ。著者はその先に、ゲイの中年カップルの食卓を取り上げる。よしながふみのコミック『きのう何食べた？』。家族の規範におさまらない家に、相手の体調を気遣う飾らない和食が並ぶ。それは「献立は平凡でいい」「女性でなくても主婦でなくても、大人は料理して当たり前」というメッセージだと著者はいう。
■仲間で囲む食事
　現実の世界にも、異色のレシピ本が登場した。橋本信子・ＩＮＪＭ『石巻ボランティアハウスの橋本ごはん』は、東日本大震災で台所も壊れ、材料も乏しいなか、世界から集まるボランティアに食事を作り続けた橋本ママの物語。彼女を慕う若者たちの証言と、東北の郷土食も交えた「甘じょっぱい」家庭料理が紹介される。
　大勢でひとつの食卓を囲み、たっぷりの料理をシェアして平らげ、おいしいと思ったら作り方を聞いて、次には手伝ってといった光景は、まるで家族が再生されていくようだ。１９歳の米国からの男子留学生は照れずにこう語る。「ママの家で夕飯を食べた時には、ここを離れたくないと思ってました」