保守主義から「右傾化」へ 中北浩爾さんが選ぶ本
[文]中北浩爾(一橋大教授 政治学) [掲載]2013年02月10日
拡大画像を見る |
■自民党政治の行方
安倍首相は、参院選を控えて、アベノミクスと称される経済政策を前面に押 し出し、安全運転に努めている。しかしながら、国防軍創設や天皇元首化を盛り込む憲法改正、歴史認識に関する政府方針の改訂などに向け、機会をうかがって いるようだ。しかも、改憲案が谷垣前総裁の際に決定されたことからみると、こうした自民党の「右傾化」は、安倍総裁の下での一時的な現象とはいいがたい。
かつての自民党は違った。1986年、当時のブレーンの佐藤誠三郎東大教授らが出版した『自民党政権』(中央公論社・品切れ)は、自民党が特定のイデオロ ギーにとらわれず、派閥や個人後援会、族議員などを通じて、多様な要求を汲(く)み上げ、変化に柔軟に対応してきたからこそ、長期政権を続けられているの だと主張した。
現在、こんな派閥擁護論を説いたら、間違いなく守旧派のレッテルを張られてしまうであろう。しかし、佐藤は、学習院大学の香山健 一教授らとともに、80年代、行政改革などに尽力した。ローマ帝国の滅亡に事寄せつつ日本の行く末に警鐘を鳴らし、土光敏夫経団連会長を驚嘆させた論文と して、昨年、37年ぶりに話題になった『日本の自殺』は、現状肯定の上に立つ彼らの改革宣言であった。
■中庸という美徳
ところが、このような自民党のあり方は、94年の政治改革を契機として正当性を失ってしまう。しかも、社会党に代わって、自民党離党者を一翼とする民主党 が台頭してくると、自民党はアイデンティティー・クライシスに陥った。かくして自民党は、理念が希薄な民主党に対抗し、保守主義を強調するようになる。
2009年から2年間にわたり自民党の機関紙に掲載された文章をまとめた櫻田淳『「常識」としての保守主義』は、その過程で生まれた最良の成果である。伝統を尊重しつつも、柔軟に新しいものを取り入れ、中庸を美徳とする、そうした態度を保守主義の本質とみる。
これは以前、谷垣総裁が唱えた「おおらかな保守主義」に近いといえるが、民主党との違いが必ずしも鮮明ではない。また、北朝鮮の核開発や尖閣問題など日本 を取り巻く国際環境も厳しさを増している。結局、自民党は、同書が「保守」と峻別(しゅんべつ)すべきだと指摘するナショナリスティックな「右翼」へと傾 斜していった。
■草の根の組織化
かつて安倍首相は、アメリカの共和党に言及しながら、「草の根保守」を組織化する必要性について語ったことがある。この間の自民党の変化も、民主党との対抗上、地方組織を重視し、「草の根民主主義」を標榜(ひょうぼう)したことが一因と考えられる。
ただし、ジェンダーフリーに対するバックラッシュを分析した山口智美・斉藤正美・荻上チキ『社会運動の戸惑い』を読む限り、日本の「草の根保守」の運動 は、既存のイメージに反して、まとまりに欠け、持続性が乏しいようにみえる。さらにいえば、こうした運動に関わらない一般の国民は、各種の世論調査による と、自民党政権の景気対策には期待を寄せても、憲法改正などには懐疑的な眼差(まなざ)しを向けている。
安倍首相の安全運転は、次の参院選までのはずだ。「右傾化」する自民党を信任するのか否か、有権者が判断を迫られる日は、アベノミクスの熱気の背後で確実に近づいてきている。
◇なかきた・こうじ 一橋大教授(政治学) 68年生まれ。著書に『一九五五年体制の成立』など。近著に『現代日本の政党デモクラシー』。
0 件のコメント:
コメントを投稿