阿蘭陀が通る—人間交流の江戸美術史 [著]タイモン・スクリーチ
[評者]田中貴子(甲南大学教授) [掲載]2011年10月02日 [ジャンル]歴史
■異国人と日本人の交流鮮やかに
島田荘司が写楽の正体解明に小説のかたちで挑んだ『写楽 閉じた国の幻』(新潮社)を読んだとき、その「正体」には疑念を覚えたものの、別の話題にすこぶる興味をひかれたことがある。18世紀のオランダ人たちによる「参府」がそれである。
「参府」とは、長崎・出島に駐在しているオランダ商館長(カピタン)と医師、そして書記の3人が、日本人通訳らとともに江戸へのぼり将軍にお目通りする儀 式である。初期は毎年行われていたが、後には数年おきになったという。3週間の江戸滞在のために、往復4カ月もかかった記録がある、大がかりな行事だっ た。当然、道中では異国人と日本人との間に何がしかの交流があっただろう。
そうした人的交流の記憶を、絵画資料をもとに再構成したのが、まさに 本書なのである。「阿蘭陀(おらんだ)人」と一括されたヨーロッパ人たちは、各地の旅館や料亭、出会った人々の様子を「オランダ商館日記」に書き残してい たのだ。著者は日本側の資料と「オランダ商館日記」をつきあわせることによって、日欧交流の現場とその温度差をあぶり出すことに成功している。
たとえば、各地の観光案内ともいえる「名所図会」の挿絵にはしばしば異国人が描かれるが、本書によると実際彼らは京大坂で名高い寺院に行き、人形芝居を見ていることがわかるのだ。現代人が思っているほど、江戸時代の異国人は「不自由」ではなかったということだろう。
ただし、死んだ異国人の土葬については、厳しく制限されていたようだ。中でも、参府の帰途で没したカピタン・ヘンメイの西欧式の墓が静岡県に造られた経緯 は、死をめぐる文化交流の具体例である。このヘンメイに随伴した書記・ラスこそが島田の小説の中心人物だ。両書を読み比べてみるのも面白いだろう。
「閉じた国」日本という認識を改めさせる好著である。
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村山和裕訳、東京大学出版会・2940円/Timon Screech 61年生まれ。ロンドン大教授。専門は日本近世文化。
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