2011年7月26日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2011年07月26日

『病気の日本近代史-幕末から平成まで』秦郁彦(文藝春秋)

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 軍事史を専門とする著者、秦郁彦の研究には、専門書はもちろんのこと、工具類にもたいへんお世話になった。軍事史を研究していて気になるのは戦場での病 気であるが、多くの人文・社会科学系の研究者は、専門知識がないのでまともに扱ってこなかった。著者は、虫垂炎で入院したのをきっかけに、病気と医療の歴 史に挑戦した。その結果は、「やや不慣れなジャンルの仕事だけに、多少の緊張と重圧はあったが、最終校正を終えて快い解放感を味わっている」というもの だった。

 本書を読み終えて、著者の「快い解放感」の意味がわかった。これまで断片的でしかなかった知識が、まとまりをもって理解できたからである。それも、軍事 史研究で確固たる基本ができているからだろう。軍事史からはみ出した部分も、著名人の病歴を語ることによって、より身近に読むことができた。

 本書に登場した主要人物は、医者ではシーボルト、ベルツ、スクリバ、華岡青洲、近藤次繁、森鷗外、高木兼寛、野口英世、青山胤通、北里柴三郎、斎藤茂 吉、平山雄、森岡恭彦、大鐘稔彦・・・、患者では明治天皇、和宮、秋山真之、夏目漱石、樋口一葉、島村抱月、松井須磨子、竹久夢二、堀辰雄、大岡昇平、太 宰治、城山三郎、吉村昭、芦原将軍、大川周明・・・である。

 第六章までは、近代日本が制圧に挑んだ脚気、伝染病、結核、ガンなどの難病克服の総力戦の軌跡が述べられ、「病魔に立ち向った医師たち、空しく倒れて いった病者たちのヒューマン・ドラマに溢れて」いた。医学の偉大さもわかった。だが、最後の「第七章 肺ガンとタバコ」は趣が違った。著者は、喫煙率と肺 ガン死亡率の関係をチャート化してみて、「この半世紀ばかり一貫して前者がゆるいカーブで下降しているのに、後者は六〇倍もの急角度で激増している」こと に気づいた。「喫煙率が減れば、肺ガンは減るはずなのになぜ、という疑問に誰も答えてくれない。しかたなく自力で究明して」みた結果が、これまでの理論の 虚構性を立証することになった。

 歴史研究者は、結果を知って研究するずるさがある。結果がわかっている第六章までと違って、第七章は著者にとって未知な体験だったのだろう。立証したこ とで、「アマチュアでも着眼しだいで医学上の争点に寄与しえるとわかった時は、小躍りする思い」をした。「健康過敏症と呼べそうな気分」が広がっている現 在、不確かな情報に躍らされる現代人の悲哀も感じる章だった。

 著者が取り組み、7つに絞り込んだ「日本近代史の一角をいろどる大型で手ごわい病気」は、以下の通り各章で議論されている。
 第一章 黎明期の外科手術  本邦初の乳ガン摘出・虫垂切除は?
 第二章 脚気論争と森鷗外  脚気菌から栄養障害説まで
 第三章 伝染病との戦い   黄熱病と野口英世など
 第四章 結核との長期戦   死因第一位から二十七位へ
 第五章 戦病の大量死とマラリア  新顔の栄養失調症
 第六章 狂聖たちの列伝   芦原将軍から大川周明まで
 第七章 肺ガンとタバコ   非喫煙者のガンが増えている

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