指輪88—四千年を語る小さな文化遺産たち [監修]宝官優夫・諏訪恭一
[評者]北澤憲昭(美術評論家)
[掲載]2011年7月10日
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指輪には呪物の面影がある。結婚指輪は、その最たる例(?)であろうし、形見の指輪は一種のお守りともなるのにちがいない。指輪は、彫刻芸術の起源でもあるアミュレット(護符)に通じているのである。
世界有数の橋本貫志指輪コレクションから88個を厳選し、写真と解説によって時代順に構成した本書は、西欧における指輪の歴史 を通覧する格好の機会を与えてくれる。各ページには指輪の呪術的な力が漲(みなぎ)っていて、トールキンの『指輪物語(ロードオブザリング)』を生んだ思 想風土へと思いをいざなわずにはいない。
むろん指輪は西欧の専売特許ではない。日本列島でも指輪をつける習俗は断続的ながら縄文時代から存在した。本書も西欧の歴史の 外に、ときおり目を向けている。とはいえ、ページをめくってゆくと、指輪をめぐる西欧人たちの想念の豊かさと深さとに呆然(ぼうぜん)とさせられる。現代 日本の指輪文化は、幕末に始まる西欧との濃密なかかわりのなかで育まれたものなのだが、それも宜(むべ)なるかなと思われるのである。
二つの輪が、ぴたりと重なり合って一個の指輪を成す「ギメル・リング」というタイプがあり、ルネサンス期の欧州で大いに流行し た。そのタイプに属する17世紀の或(あ)る指輪は、誠実を意味するダイヤモンドと情熱を表すルビーを黒いハートに嵌(は)め込み、ダイヤの石座の裏には 骸骨の、ルビーの裏には乳児のミニチュアを収めている。ここには思想史的な深淵(しんえん)が、ぽっかりと口を開いている。生と死と愛とをめぐる暗い底な しの深淵が。
- 指輪88—四千年を語る小さな文化遺産たち
出版社:淡交社 価格:¥ 2,100
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