2012年2月1日水曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年01月31日

『ポピュラー文化論を学ぶ人のために』ドミニク・ストリナチ著/渡辺潤・伊藤明己訳(世界思想社)

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「ポピュラー文化研究の理論的なレビューに最適の一冊」

 いきなり私事で恐縮だが、本書は本年度大学院ゼミの購読文献の一つであった。評者のゼミにはポピュラー文化研究を志向して集まってくる海外からの留学生 が多いのだが、その特徴の一つとして、彼らが自身の研究に用いる理論的背景についても多様でバラバラなものになりやすい傾向がある。

 もちろんポピュラー文化研究においては、その研究対象の多様さとも関連して、たった一つの一般理論に収斂していくようなこともあり得ないが、かといって、気を付けていないと理論的な水準での知見に乏しいものになりがちな研究ジャンルでもある。


 アイドルであれアニメであれ、研究対象がある程度知られているものである分、分析においても、一般的な常識をなぞっただけのような分析、具体的に言えば 文学的な作品論(この歌詞がいいからこのアイドルはヒットした)や、心理学的なファン文化論(こうした心理特性を持つファンだから、このアニメが受け入れ られた)だけで済まされてしまうことが少なくない。


 もちろんそれらの分析が重要であることは否定しないが、ポピュラー文化が、ある程度の規模で成立する社会的な現象であるならば、その時代ごとの状況を背景とした社会学的な分析こそ、欠かせないのではないだろうか。


 この点において本書は、社会学的なポピュラー文化研究の理論的な知見を、幅広くそしてバランスよくレビューした格好の入門書といえる。


 著者のドミニク・ストリナチ氏は、フィルムスタディーズなどを専門とし、イギリスのレスター大学に所属する研究者であり、それゆえに本書も、イギリスの 文学研究から芽生えた大衆文化論を議論の端緒としている。そして、大衆文化論VS市民社会論といった、かつて日本でも見られた対立構図や、ドイツにおける フランクフルト学派や、フランスにおける(ポスト)構造主義の隆盛、のちのカルチュラル・スタディーズへとつながっていくグラムシ派のマルクス主義の成 果、さらには、フェミニズムやポストモダニズムといった比較的近年の議論などをバランスよく取り上げている。


 訳者も触れている通り、ストリナチ氏の淡々としたあまり価値判断をまじえない文体は、時に単調に感じられなくもないが、逆に先入観なくこれらの理論的成 果を概観できる利点も与えてくれている。また、これも訳者がいうように、これだけの幅広さで、ポピュラー文化研究に必要な理論的成果を手際よくまとめてい る類書は、ありそうでいて意外と存在しない。


 加えてポピュラー文化研究に精通した研究者による訳文は読みやすく、巻末の文献紹介なども親切である。(同様に、主として渡辺潤氏を中心に刊行された、 世界思想社の「学ぶ人のために」シリーズの『<実践>ポピュラー文化を学ぶ人のために』も本書と合わせると参考になろう)


 最後に、本書は主として欧米圏の研究成果を中心にまとめられているが、今後は、日本やアジアにおける同様の成果をまとめた著作などが期待されよう。


 日本における論文では、吉見俊哉氏による「コミュニケーションとしての大衆文化」(『メディア時代の文化社会学』所収)などが高水準だが、近年のニューメディアの状況などを合わせた成果も期待したい。


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