2012年2月29日水曜日

asahi shohyo 書評

呪いの時代 [著]内田樹

[文]長薗安浩  [掲載]2012年03月02日

表紙画像 著者:内田樹  出版社:新潮社 価格:¥ 1,470

■相手を屈服させるだけの言葉にあふれた時代を脱するには?

 〈「呪い」は今や僕たちの社会では批評的な言葉づかいをするときの公用語になりつつあります〉
 内田樹は、『呪いの時代』の冒頭でこう書いている。内田が指摘したこの現況はテレビの討論番組などを観ていても感じるが、ネットにおけるコメントや意見のやりとりをちょっと覗けば、深くうなずくしかない。
  そこには、相手を傷つけて沈黙に追いこむ言葉が飛びかっている。少し前に話題になった「自分以外は全部バカ」よろしく、自説と他説をすり合わせて合意形成 する気などさらさらない、とにかく相手を屈服させるための言葉たち。それらは、たしかに呪詛のようだ。今ある現実を何とか変えたいという苛立ちも見え隠れ するが、内田は長く生きてきてわかったことの一つとしてこう指摘する。
〈「現実を変えよう」と叫んでいるときに、自分がものを壊しているのか、作り出しているのかを吟味する習慣を持たない人はほとんどの場合「壊す」ことしかしない〉
  なぜか? 破壊の方が創造よりも簡単だから。独裁を倒した後のアラブ諸国を持ち出すまでもなく、身近な状況をながめるだけでも、創造の難しさはよくわか る。しかし、メディア上では破壊を目的とする「呪い」の勢力がますばかり。壊すだけで誰も創り出さなければ、この世界からは壊すものさえなくなりかねない のに……。他人への「呪い」は結局、自分をも呪ってしまうのだ。
 互いに疲弊し、ひと時の征服感を覚えるだけの「呪い」合戦。そこから脱し、このぱっとしない現況を少しでも生きやすくするために、内田は「自分探し」の不毛を説き、「言論の自由」の意味を問い直し、「呪い」を解く「贈与」の術を提案する。
 東日本大震災の発生から一年になろうとしている今、言葉がもつ禍々しさと可能性について考えることは、日本の将来のためだけでなく、自身の言説をチェックするいい機会だ。

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