2012年1月24日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年01月23日

『Cooking for Geeks—料理の科学と実践レシピ』ジェフ・ポッター・著/水原文・訳(オライリー・ジャパン)

Cooking for Geeks—料理の科学と実践レシピ →bookwebで購入

 温泉卵を作ろうとネットにあたると、沸騰したら火を止めて放置する、あるいはそのお湯に片栗粉を入れて湯の温度を保つという�裏技�、そのほか、魔法瓶 を使う、電子レンジを使う、カップラーメンの容器を使う、一度卵を凍らせる等々、じつにいろいろな方法があることがわかる。
 最も熱に敏感なタンパク質はオボトランスフェリンで、これは約144°F /62°Cで変成をはじめる。卵白アルブミンという別のタンパク質は、176°F /80°C程度で変成する。これらは、卵白に最も多くみられるタンパク質だ。オボトランスフェリンは卵白の14%を、卵白アルブミンは54%を占めてい る。温泉卵と固ゆで卵の違いもこれで説明できる。卵を十分に長い時間176°F /80°Cに保つと、卵白は硬くなる。しかしこれ未満の温度では、卵白アルブミンは丸まったまま(筆者註・未変成のタンパク質は丸く折りたたまれた形をし ており、熱や力を加えることによりその構造がほどけ、他の変成したタンパク質と連結して固まる)なので、卵白の大部分が「液体」の状態のままになるという わけだ。

 「調理=時間×温度」。本書では、調理における熱による化学反応についての章で、「卵が固まりはじめる」「I型コラーゲンが変成する」「植物性デンプンが分解する」「メイラード反応が顕著に現れる」「糖が明確にカラメル化する」それぞれの温度についてが解説される。

 温泉卵といえば、家庭科の授業で温度計片手にこれを作ったことがある人もいるのではないか。あるいは、こねた小麦粉を水で洗ってグルテンを取り出したり、牛乳にレモン汁を入れて凝固させたり、マヨネーズ作りで乳化のメカニズムを体験したり。
 大抵の人は料理の出来上がりそのものにこだわるので、「温泉卵は黄身は固まるが白身は固まりきらない70度で加熱する」、それはわかっているけど、では どうしたらそのように出来るか、を知りたがる。そして、レシピというのはふつう、その知りたいに答えるようにできている。しかし、世の中にはそれでは納得 しない人たちもいるのである。

 料理とは、辞書には「材料に手を加えて食物をこしらえる」とあるけれど、「こしらえる」ということばはそれ自体「調理する」という意味を含むの で、より厳密にいうならば、料理とは食材を切ったり混ぜたり熱を加えたりすることによって何らかの反応を加えるということになる。そのメカニズムを科学的 に解説したのが、このギークのための料理本なのである。
 プログラマーやエンジニア、物作りの好きな人やオタクといった「ギーク」たちは言い換えるならば「物事の仕組みを解き明かすことに熱中して」しまう人たちのこと。

 本書は、料理に対する心構えにはじまり「キッチンの初期化」(まずは道具から、あるいはその使い方やレイアウト等)、「入力の選択:風味と食 材」、「時間と温度:料理の主要変数」、「空気:焼き菓子作りの重要変数」、「食品添加物」(塩や砂糖もここでは�伝統的な食品添加物�となる)、その 他、料理人やブロガー、技術者などの料理に関するインタビュー、「自分でペクチンを作ってみよう」「シュガークッキーのカラメル化を目で見て確かめる」 「浸透圧と塩」など家庭科の実験ぽい提案や、「感電ホットドッグ」(商用電源で行うのは危険!)「人への最適ケーキ分割アルゴリズム」といったギークらしいコラムもたくさん。もちろん、前菜からスープ、メイン料理、パン、デザートなど百種を超えるレシピも掲載されている。

 ちなみに私が一番作ってみたいと思ったのは「ドリップフィルターで作るコンソメ」。ふつう、スープストックを澄ませるために泡立てた卵白と一緒に 煮るところを、冷ましてゲル化したスープを冷凍したのち、解凍しながらドリップするというもの。ゼラチンはフィルターを通らないので、それが濁りを取りこ んで、溶けて流れ落ちたスープは透きとおるのだとか。思えばこれって、冷凍技術があってこそ可能な調理法なのだなあ……。

 料理というジャンルにおいてはとくに、�コツ�のひとことでかたづけられがちな技術上のカラクリ。「この料理をおいしく作るコツは、タマネギを飴 色になるまで弱火でじっくり炒めることです」と言われ、ああそうですかと言われるがままにするのではなく、なぜ「飴色」で「弱火」なのかを考えずにはいら れない人たちのためにあるのがこの料理書なのである。いつもなら、箇条書きのレシピに沿って出来上がりをひたすらを追うところだが、フライパンの上で少し ずつ色を変えてゆくタマネギには、膨大な言葉で説明するだけの現象が起こっていることをこの本は教えてくれる。


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