2012年1月11日水曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年01月10日

『就職とは何か−<まともな働き方>の条件』森岡孝二(岩波新書)

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 わたしが常々学生に言っていることのひとつに、「目先のことにとらわれず、ひとつ、ふたつ大きな視野でみて、目標をたてること」がある。すこしでも大き な目標設定をすれば、目先のことはたんなる通過点で、とるに足らないものにみえてしまう。仮に目先のことがうまくいかなくても、軌道修正して目標に向かえ ばいいので、切り返しも早くなる。

 本書によって、目先の「就活」が相対的に理解でき、うまくいっても失敗しても、その先のことを考えることができる。学生の就職をめぐる出版物の多くが 「就活術に関するハウツー物か、働くことについて心構えを説いたもの」であるのとは違い、本書は「なぜこれほど就職環境が厳しくなったのか、また就職後に どんな働き方が待ち受けているのかを説いている」。

 就活にこれだけ大騒ぎをしながら、3年以内に離職する大学新卒者は3人に1人にのぼる。中卒は7割、高卒は5割だという。離職しないまでも、仕事にやる 気をなくす者は、就活に熱心で、働くことに意欲をもって楽しみにしていた者ほど、多いかもしれない。そんなミスマッチも、本書を読めば、すこしは減るだろ う。

 「本書の課題」は、「はじめに」でつぎのように書かれている。「学生の就職活動はいまどうなっているかという問いに、雇用の現場はどうなっているかとい う問いを重ねて、就職とは何かを考え、<まともな働き方>の条件を述べることにある」。続けて、各章ごとの要約をしてくれているので、本書の全体像がよく わかる。

 さらに、「あとがき」で本書の特色をつぎのようにまとめてくれているので、読後感がすっきりしてありがたい。「(1)ハウツー物にある就職活動のスケ ジュールや採用までの流れを説明しながら、近年の内定率の悪化と長期的な採用減の実態を示し、大学のキャリア支援や就活ビジネスの動向を含む最近の就職事 情をひととおり観察している」。「(2)学業もそっちのけで「就活」に振り回される学生たちの姿を追うとともに、採用・就職活動の早期化と長期化が学生、 大学、企業にもたらす弊害とその是正の動きを、かつての就職協定の変遷を交えて検討している」。「(3)定期採用(新卒一括採用)や初任給などの就職のイ ロハをわかりやすく説明し、学部三、四年の専門科目の成績を問わない定期採用や、残業手当を組み込んだ初任給などの問題点を明らかにしている」。「(4) 就職とは、雇用とは、派遣とは何かを検討し、雇われて働くことと、時間に縛られて働くことの意味を考え、「正社員」という雇用身分はどのように生まれたの か、若者は労働組合にどんな関心をもっているのかにも目を向けている」。「(5)企業が採用選考において学生に求める力と対比しながら、就職後に若者自身 が賢くいきいき働くために必要な四つの力−社会常識、基礎知識、専門知識、労働知識−を示し、とくに社会常識と労働知識について説明している」。「(6) <まともな働き方>を「まともな労働時間」「まともな賃金」「まともな雇用」「まともな社会保障」に分け、なぜ<まともな働き方>ができないのか、どうす れば<まともな働き方>が実現できるのかを述べている」。「(7)新書にしては図表を多用し、議論を統計データで裏づけるとともに、読み取りにくい数字を ビジュアルに示している」。

 著者、森岡孝二が6年前に出版した『働きすぎの時代』にたいして、「働きすぎの要因の考察については「よくわかる」が、働きすぎ防止の指針については 「実効性に欠ける」という」批判があったという。本書にたいしても、同じような批判があるかもしれない。しかし、それを大学の研究者に言うのは酷である。 「実効性に欠ける」のは、そもそも就職協定を守らない、企業のコンプライアンスの根本が問われるようなことを考慮に入れなければならない現状があるから だ。多少なりとも「守ってくれる」なら、研究者としてももっと違った対応の仕方がある。

 いっぽう、大学の教職員の側にも問題がある。「就職させればいい」ということがあって、就職後のことをあまり考えていない。学生は単位の取りやすい科 目、卒業しやすく就職しやすい学部・学科などを選び、その先のことを考えていない。単位も必要最小限しかとらない者が多い。「今日のようなグローバル化時 代には、若者を含む日本の労働者は、日本企業が進出している世界の新興国や途上国の労働者とも競争させられている」。それなのに、少子化で学生獲得のため に、入試から「楽なこと」を売り物にしている大学がある。入学してからも、レベルを落として学生を獲得しようとする学科、コース、教員がいる。指導する学 生・大学院生が少ないと、リストラの対象になるからだ。「学生の学力低下」はいろいろなところで指摘されていながら、現実には向上どころか逆行して、この 国際化の時代に外書講読をあきらめた教員もいる。「きびしい」という評判が立てば、その教員のところに学生はこなくなる。

 教室に遅く来て早く帰る教員、なんだかんだといって休講にする教員もいるという。「勤務開始の一〇分前までの出社を心がけましょう」と言っても、大学で そのような教員を見ている学生にはピンとこない。教員自身が原稿の締め切りなどを守らないので、提出日を過ぎてもレポートなどを受けとってくれる。遅刻や 欠席を指摘したり、レポートを受けとらないと、やはり「きびしい」と言われて学生に敬遠される。

 「就活」にかんしても、「目先のことにとらわれず、ひとつ、ふたつ大きな視野でみて、目標をたてること」が必要であるが、それは日本社会全体、全国の大 学全体で考えなければならないことである。そして、いまの社会を維持・発展するために、これからを見据えて、どのような能力をもつ人材が必要なのかを展望 する必要がある。就職できればいい、という話でもないのだが...。

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