2012年1月31日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

書評空間(書評ブログ)辻 泉

辻 泉
(つじ いずみ)
1976年東京都生まれ。
東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(社会学)。
松山大学人文学部専任講師、助教授・准教授を経て、現在は中央大学文学部准教授。
メディア論、文化社会学が専門。各種メディアの受容過程に関する実証的な調査を手広く行う中で、とりわけファン文化に関するエスノグラフィックなアプローチをライフワークとして継続中。

主著に『デジタルメディア・トレーニング』(共編著、有斐閣、2007年)、『文化社会学の視座』(共編著、ミネルヴァ書房、2008年)、『「男らしさ」の快楽』(共編著、勁草書房、2009年)、など。

2012年01月28日

『空間の男性学—ジェンダー地理学の再構築』村田陽平(京都大学学術出版会)

空間の男性学—ジェンダー地理学の再構築 →bookwebで購入

「男性性研究の新たなフロンティア」

 やや荒削りだし、一つの書籍としてはまとまりの悪い部分が多少感じられなくもなかったが、それを補って余りある魅力のある一冊だと思った。

 本書は、「女性学的視点による研究が中心であった従来のジェンダー地理学に対して、男性学的視点から空間とジェンダーの問題を検討することで、ジェンダー地理学の再構築を目指すもの」である(序章より)。


 筆者によれば、これまで地理学においても、とりわけ第二派のフェミニズムの影響を受けながら、「性別による空間的格差の問題」を告発するような研究が盛んにおこなわれてきた。


 また、こうしたフェミニスト地理学はそれなりに大きな成果をもたらしながら拡大もしてきたが、依然として日本においては、空間とジェンダーの関わりを論 ずる学術的な議論は盛り上がっておらず、ましてやフェミニストだけでなく、男性学的な視点から空間を論ずる議論となると、ほとんどなされてこなかったのだ という。


 こうした問題意識は、社会学を専攻する立場からしても、非常によくわかるものである。フェミニズムの影響でジェンダー研究は大いに発達してきたが、それと比べて、男性性に関する研究は遅れがちであると言わざるを得ない。


 加えて日本においては、ジェンダーがコミュニケーションやアイデンティティーの問題としてとらえられがちで、空間と結びついた形での議論は、十分になされてこなかったというのは正鵠を得た指摘である。
あるいはこの点は、日本の社会学がコミュニケーションやアイデンティティーの問題にばかり関心を払って、空間に関する議論が不十分であったのだと言ってもよい。


 しかしながら、我々の実生活を振り返ればたちどころに連想されるように、コミュニケーションやアイデンティティーの問題は、空間のありようとは、決してきっても切り離せない問題のはずである。


 それは、本書が取り上げている女性専用車両などの「特殊」な事例に限られた話ではない。誰もが使うものであれば、男女別に設置されたトイレがたちどころ に連想されるし、あるいはデパートやショッピングセンターでも、女性向けの商品売り場が入り口近くに配列されて、逆に男性向けは奥の方や上の階になってい る。


 あるいは、夜の飲み屋街は、男性ばかりだから若い女性には近づきがたがったり、逆に、おしゃれなカフェやスイーツを出すお店ならば、中年男性には入りづらかったりもする。


 おそらく、このように我々が日常生活を営む空間は、幾重にもジェンダー化されており、逆にこうした構造が我々のコミュニケーションやアイデンティティーのありようにも、つよく影響を与えているはずなのだ。


 自戒を込めて言えば、社会学者はどうしてもこうした外的な規定要因を無視して、直接的にコミュニケーションやアイデンティティーそのものを論じてしまいやすい傾向があり、この点は本書を読んで深く反省させられた次第である。


 では逆に、本書に対して何かリクエストする点があるとすれば、それは以下のような点であろうか。


 すなわち、社会学的な男性性研究でも同様なのだが、フェミニズムに対する応答として男性学が勃興した経緯からして、研究内容が、どうしてもセクシャルマイノリティからの異議申し立てに偏りがちなのは事実であろう(本書も同様である)。


 もちろんそれはそれで重要な研究なのだが、それと同時に、マジョリティ男性が作り上げてきた空間と男性性の実態も正面切って堂々と記述してほしいように思われる。


 それは著者だけにではなく、他の研究者でも構わないのだが、我々が今まで当たり前だと思っていたものが、ようやく当たり前ではないと認識しやすい時代に なりつつあるので、この現代社会が、いかにマジョリティ男性を中心として作られてきた空間であるのか、そのことを相対化しながら記述をしていく、そんなア プローチが今後も継続されていくと非常に面白いと思う。


 本書は、ぜひ学問分野をまたいだ共同研究を構想してみたくなる、そんな魅力ある一冊であった。


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