2012年1月17日火曜日

asahi shohyo 書評

贈与の歴史学—儀礼と経済のあいだ [著]桜井英治

[評者]田中貴子(甲南大学教授)  [掲載]2012年01月15日   [ジャンル]歴史 経済 社会 新書 

表紙画像 著者:桜井英治  出版社:中央公論新社 価格:¥ 840

■合理的でドライだった中世人

 お歳暮の手配が終わったら年賀状を書き、出していない人から賀状が来たら慌てて返す。たとえそれが、すぐに顔を合わせる人であってもだ。もらったからにはお返ししなければならない、という意識は、現代でも脈々と生き続けている。
  こうした贈答儀礼を虚礼だ、建前ばかりで情が薄い、などと批判する人が本書を読んだなら驚くことだろう。主従関係が血より濃く、絆で深く結ばれた共同体が 形成された時代、というイメージが広く流通している中世像だが、こと経済活動に関していえば、その姿はあっけなくくつがえされるからだ。中世人は贈答にお いて、現代人以上に合理的かつドライな計算をしていたのである。
 中世では、贈答品は「もらって嬉(うれ)しいもの」ではない。物は貨幣のように 循環するのが当然なのだ。1551年の正月、本願寺の証如(しょうにょ)は、細川氏綱から曲物(まげもの)に入れた詰め合わせ10合を贈られた。だがよく 見ると、そのうち5合は、10日ほど前に証如自身が三好長慶(ながよし)に贈ったものだったのだ。自分の贈り物が回りまわって帰ってきたというわけ。これ を「失礼千万」と息巻くのは現代人の考えで、証如は大笑いしただけである。こんな例はいくつもあり、そこだけ読んでも実におもしろい。
 また、贈 り物の目録を先に持参し、後で精算する方法もさかんに行われた。いわばツケにするのだが、当然滞納する輩(やから)も現れる。皇族も例外ではない。伏見宮 貞成(さだふさ)は、なんと今なら1100万円に相当する滞納をしていたという。払うために借金をしたが、それは恥ではなく、相応の贈答ができないほうが 恥だった時代なのである。
 著者は『室町人の精神』(講談社学術文庫)で知られた中世経済史の俊英。その緻密(ちみつ)な論理性と先行研究への目配りは本書でも生かされている。中世イメージが変わること請け合いの一冊である。
    ◇
 中公新書・840円/さくらい・えいじ 61年生まれ。東京大准教授(日本中世史)。『日本中世の経済構造』など。

この記事に関する関連書籍

贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ

贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ 

著者:桜井英治  出版社:中央公論新社 価格:¥840

☆☆☆☆☆  ( 未評価 ) みんなのレビュー: 0 朝日の記事:1

ブックマする 2 ブックマ


室町人の精神

室町人の精神

著者:桜井英治  出版社:講談社 価格:¥2,310

☆☆☆☆☆  ( 未評価 ) みんなのレビュー: 0 朝日の記事: 0

ブックマする 0 ブックマ


日本中世の経済構造

日本中世の経済構造

著者:桜井英治  出版社:岩波書店 価格:¥8,715

☆☆☆☆☆  ( 未評価 ) みんなのレビュー: 0 朝日の記事: 0

ブックマする 0 ブックマ

0 件のコメント: