2012年1月21日土曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年01月19日

『自己愛過剰社会』ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル(河出書房新社)

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「現代の自己愛とは何か」

 本書は、アメリカの心理学者トウェンギとキャンベルによって2009年に出版されたThe Narcissism Epidemicの邦訳である。直訳すると「ナルシシズムの蔓延」とでもなるのだろうが、訳者は本文で「ナルシシズム流行病」としている。つまり、それら を病理としてとらえているのである。
 日本でも機を同じくして『現代のエスプリ』522号(ぎょうせい、2010年12月)でナルシシズムが特集されているし、また、2008年の秋葉原通り魔事件以降「他者からの承認」をテーマにした書籍の出版が続いているのは興味深い。


 著者たちにとって、ナルシシズムとは「文化の影響を受けた心のあり方」であり、ナルシシズム流行病は「(アメリカ)文化全体に広がり、ナルシシストも、またあまり自己中心的でない人もその影響を受けている」という(8頁)。
 日本でも、エッセー的なものから藤田省三の『全体主義の時代経験』(みすず書房、1995年)に収められている「ナルシズムからの脱却」(初出は 1983年)のような硬派な論考まで、自己愛的な時代状況を評した文献は多数あるが、著者はアメリカにおけるそういった類書と本書を次のような点で明確に 線引きする。それは科学的データに基づくということと、ナルシシズムをめぐる俗説の検証も取り上げていることにおいてである。

 自己愛性パーソナリティの事例として度々紹介されるのは、多重債務、経歴詐称、銃乱射事件、SNSの自己呈示、パーティー文化、セレブリティなどであ る。確かにこれほどまでに事例を並べられると説得力がある。だが、それらの一つひとつが、本当にナルシシズムに起因するものなのか、ナルシシズムの症例と して非難されるべきものなのかは、評者には疑問が残る。著者は「暴力、物質主義、他者への思いやりの不足、浅薄な価値観など、アメリカ人が自尊心を高めて 食い止めようとしていることは、実のところすべてがナルシシズムに起因している」(16頁)とまで断言している。

 評者などは心理学の門外漢ゆえ的を外しているかもしれないが、そもそも人間の本性は自己愛的であり、それが資本主義やメディア文化の進展のなかで担保さ れ、さらには称揚されるようなったということではないかという解釈図式を取ってしまう。たとえば、フェイスブックで自己の経歴をアピールすることで、ビジ ネスのネットワークを構築することなどを取ってみても、置かれた環境のなかで個々人が行動を最適化するのはある意味、当然ではないかと思うからだ。

 さて、新たな方法論を用いて文化としてのナルシシズムを検証しているだけでも本書は有意義なものだが、それ以外の点では1970年代以降に流行したナルシシズム論と本書との構造的違いが何だろうかというのが、評者が本書を手に取ったときに抱いた興味関心だ。

 藤田がナルシシズムの特徴をいくつか挙げているなかで、「世界はそれ自体として存在する物ではなくて、消費されるためにだけ、そしてそれまでの間一時的 に存在している仮の物に過ぎなくなる」(25頁)という論述は、現代でも検討されるべきだと評者は考えている。それは、ナルシシズムがもたらす一つひとつ の弊害や、ある犯罪事件との関連というような次元の議論ではなく、ナルシシズムがもたらす世界像の変容を問うものであった。

 本書は1部「自己愛病の診断」、2部「自己愛病の原因」、3部「自己愛病の症状」、4部「自己愛病の予後と治療」で構成され、全17章からなる。それぞ れの部で、原因や症状として「物質主義」「見た目への依存」「虚栄心」「低年齢化」などさまざまな例が列挙されているが、そこでの通底奏音として全体を貫 いているのは、メディア文化への不信ではないかと評者は読んだ。
 度々「メディア漬け」という言葉が(悪意を込めて)使われることが示唆しているように、著者が1980年代以降の特徴とするのは、1980年代以降の雑 誌やテレビでのセレブリティ言説、90年代以降のリアリティTV、2000年のインターネットでのSNSといったメディア文化が自己賛美の価値観を創りだ しているとする点だ。

 著者は、ナルシシズムを病理ととらえているため、その治療は可能だと言う。しかし、実のところ著者たちはその治癒について悲観的なのではないかと評者は 読んだ。そこでは疾病モデルが有効であるとされるが、その最も効果的な治療法である隔離がこの文化的・メディア的な病理においては意味をなさないからだ。
 ナルシシズムのグローバル化の議論も含め、著者たちの視座は多分に悲観的であり、アメリカ文化の影響力を過大にとらえているという印象もあるが、それ は、そのようなことを例証するさまざまな事態をつぶさに見てきた著者たちの危機意識に由来するのだろう。本書からは「ナルシシズム流行病」の最先端を行く アメリカの症例を詳しく知ることができる。


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