活字と自活 荻原魚雷さん
[掲載]2010年7月25日
- [文]加来由子 [写真]福岡亜純
■食っていけさえすればいい
〈古本屋通いをするために、就職しなかったといっても過言ではない〉という活字好きの著者が、〈食っていく〉ことについて思考をめぐらす。
三重県から上京し、古本屋と中古レコード屋がある高円寺に住む。大学在学中から文筆家として仕事をはじめるも、フリーで生計を立てるのはなまなかではない。心が弱ったり、ぬかるみにはまったり。そんな時にひらいた本のことが端正につづられている。
せっぱつまった時に天野忠の詩を読み、その世界にずっとひたっていたいと思ったこと。あすなひろしの漫画を読み〈みんなだめ、 みんな不幸。しかし、美しい。まさに哀切〉と感じたこと。尾崎一雄の小説に出てくる文学青年のこらえ性のなさが気になり、我慢ができれば別の人生が待って いたのではないかなどと思ったこと……。
紹介される詩人や作家や漫画家の文章も、"食っていくとはどういうことか"に触れたものが多い。
「いろいろ考え込むととまらなくなる性格なんですが、本を読むと、自分の悩みもたいしたことないのかな、と気持ちが楽になることが年に5回ぐらいある。そういう本を探すために古本屋通いをしている部分もあります」
もやもやしたものを抱えたまま、洗濯をし、自炊し、散歩し、酒を飲む。そして、本をひらき、作家たちが放つ言葉に感応する。普通の暮らしの中で本に出会う楽しみが静かに伝わってくる。
「就職もせず、そんなんじゃだめだといわれ続けたけれど、なんとかなっている。本のなかでは、自分みたいなヤツも平気で生きているんですよ」
文筆業を続けることの難しさが何度となく記されているが、かけだしのころ編集者からつけられたペンネームを使い続けて20年を超えたという。本名で呼ばれる人生より、「魚雷さん」と呼ばれる人生の方が長くなりつつある。
- 活字と自活
著者:荻原魚雷
出版社:本の雑誌社 価格:¥ 1,680
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