2010年8月3日火曜日

asahi shohyo 書評

記憶がウソをつく! [著]養老孟司・古舘伊知郎

[掲載]週刊朝日2010年8月6日増大号

  • [評者]谷本束

■ジャズセッションのような科学対談

 記憶と脳をめぐる不思議を、解剖学者の養老孟司と人気アナウンサーの古舘伊知郎が語り合う絶品対談である。

 養老先生はわかるけど、なんで相手が古舘アナ?と思っていたら、読んで納得。とにかく知識の引き出しの多いこと。どんな味なの か、脳が判定不能に陥ったエチオピア料理初体験から最新の脳研究、仏教思想にいたるまで俎上にのせて、博学で知られる養老氏とわたりあう。加えて、徹底し た"なぜなに小僧"なのだ。「コムチュード・ゴスタールストベンノイ・ベスパーチノスチ(旧ソ連KGBの正式名称)」なんて無意味な言葉に限って忘れない のはなぜか、音より匂いでよみがえる記憶の方が強烈なのはなぜか。ユニークな質問を次々とばして、養老氏の頭の中身を手際よく取り出してしまう。

 テンポの速い会話の応酬は科学対談というより、息の合ったジャズセッション。話は科学の枠を超えて走り回り、二つの強烈な個性が放つ独特の視点とアイデアが、脳を激しく刺激する。

 養老氏は「知ることは自分自身が変わること」と述べている。何かを知って意識や価値観が変わることで人生は先へと進む。だが、 今の人は知ること、学ぶことは情報を集めてただ処理することだと思っているという。知識に対して自分はどう考えるかという内面の問いかけが一切なくて、自 分の中に何も残らない。腑に落ちる話である。

 「メメント」という衝撃的なアメリカ映画がある。主人公は記憶障害で10分しか記憶を維持できない男。常に振り出しにもどって しまう彼は、10分間の時間の牢獄にとどまったまま、その先の人生を生きることができない。およそ死んでいるのに近いが、「知識をスルーしてずっと変わら ない自分」もある意味、同じだろう。

 とすれば、いま世間にはずいぶん死人が歩いてるわけだ。振り返って、最近何かを知って自分が変わったと思えることがさて、どれだけあったか。こりゃ半分以上は棺桶に足、突っ込んでるかもな。

表紙画像

記憶がウソをつく! (扶桑社新書)

著者:養老 孟司・古舘 伊知郎

出版社:扶桑社   価格:¥ 798

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