2010年8月3日火曜日

asahi shohyo 書評

ゼロ年代の50冊

敗北を抱きしめて [著]ジョン・ダワー/ナショナリズムの由来 [著]大澤真幸

[掲載]2010年7月25日

■ようやく現れた「戦後」史 【敗北を抱きしめて】

 「敗戦の2、3日後には進駐軍があふれた。ほんの1週間前まで"鬼畜米英"と刺し違え死ぬつもりの私達(たち)はすっかり米兵の魅力にとりつかれ、お土産いっぱい持って毎日来るあの人達と仲良くなるのに時間はかかりませんでした」

 山口県の辰巳弘子さん(84)は実体験からの読後感を書いている。『敗北を抱きしめて』には、大著のノンフィクションには異例 な、多くの感想が寄せられた。識者による50冊アンケートで歴史学者の成田龍一さんが指摘したように、「戦後半世紀が過ぎようやく現れた、『戦後』を歴史 化する著作」だったからだろう。

 第2次世界大戦敗北から、占領軍による政策に時に呼応、時に反発しながら立ち上がる日本の民衆の姿を描く。「工業系の学校に進 学した私にとって、本書は昭和史の最良の教科書」(青森県の伊賀一善さん・53)、「高校生に歴史副読本として読んでほしい」(京都府の高田徳子さん・ 63)

 記者は2001年、米ボストンでダワー氏に話を聞いたことがある。本書で採った手法を「声コンセプト」だと説明してくれた。朝日新聞の声欄と同じだというのだ。

 「私はいつも、普通の人々の声を探していた。エリートでない人々の声に耳を澄ませる」

 本書には昭和天皇もマッカーサーも頻出するが、同様に、パンパンと呼ばれた売春婦、闇屋、ヤクザの声を丹念に拾う。読者の埼玉県・豊田隆さん(54)は「歴史観の根底を支えるのは、非エリートの日本人に対する根源的レベルでの揺るぎない信頼」と書いた。

 一見奇妙な書名は、「日本人は自ら平和を望み、民主主義を切望して戦争の終わりを抱きしめた」という著者の思いからつけられ た。これには、評論家の紀田順一郎さんがアンケートで答えたように、「自国の戦後体制史を日本人自らが描けなかったという、〈二重の〉敗北感」を感じるか もしれない。神奈川県の鈴木知子さん(70)も「知る喜びとともに、どうして外国の、しかもアメリカの学者に書かれたのか、歯がゆい思いもした」と感想を 寄せた。

■逆説へと導く労作 【ナショナリズムの由来】

 ダワー氏の愛した「戦後」から約半世紀がたったゼロ年代の日本。この国は、どんな「声」に覆われていただろうか。ひとつには 「何となくナショナリズム」な気分だったろう。読者の奈良県・豊島史彬さん(18)は「日本の論壇ではナショナリズム本に注目が集まったが、それらの著作 と『ナショナリズムの由来』は一線を画している。社会学から哲学、宗教、歴史、文学に至るまでの領域を横断。800ページを読むことは大変な喜び」だった と書いた。

 米ソ冷戦が終わり、こと金と人の流れに関しては国境など意味をなさなくなった21世紀。ナショナリズムも衰退するかと思いきや、旧ユーゴなど、より過激に民族化を志向する「現代のナショナリズム」が世界中に現れた。なぜか。

 著者の周到で執拗(しつよう)な追跡が始まる。そもそもネーション(国民、民族)とは何か。第一に伝統、言語、領土などの「生 活様式の同一性に基づく自主的な単位」であること。第二にネーションを構成する個々のメンバーは大多数の他のメンバーと面識がない「直接の対面可能性の範 囲を大幅に越えて拡(ひろ)がって」いる統一体であること。そう暫定的に定義した著者は、ナショナリズムは世界がひとつになっていく"にもかかわらず"激 化しているのではなく、世界が普遍化する"ゆえに"先鋭化していくという、驚くべき逆説へと導く。

 知的誠実というべき大澤思想の詳細を追うのは容易ではないが、識者からは「百科事典のような厚さが問題の困難さと同時に、著者 の才気あふれる分析手法を示唆している」(政治学者の井上寿一さん)、「著者渾身(こんしん)の力を振り絞った労作」(歴史学者の山内昌之さん)などと賛 辞が寄せられた。(近藤康太郎)

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 敗北を抱きしめて 三浦陽一・高杉忠明・田代泰子訳

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 「ゼロ年代の50冊」とは?

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表紙画像

ナショナリズムの由来

著者:大澤 真幸

出版社:講談社   価格:¥ 5,000

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