2012年12月29日土曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年12月27日

『アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ』 マーチャント (文春文庫)

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 先日NHKの「コズミック・フロント」で「古代ギリシャ 驚異の天文コンピューター」という番組が放映された。

 1900年にギリシアのアンティキテラ島の沖合で古代の沈没船が発見された。大理石やブロンズの彫像など貴重な遺物が引きあげられ、独立して間もないギリシアに熱狂をもたらしたが、その中に緑青で覆われたブロンズの破片が何片かあった。

 ブロンズの破片は「アンティキテラの機械」と呼ばれることになるが、美術品ではなかったので長らく倉庫で腐食されるにまかされていた。

 しかしデレク・デ・ソーラー・プライスがX線写真をもとに複雑な歯車機構を復元し、カレンダー・コンピュータではないかという説を1974年に「ギリシア人からの歯車」という論文で発表したために一部で注目を集めることとなった。

 2005年からトニー・フリースが率いる国際チームがCT画像やCG技術などハイテク調査をおこない、太陽と月の位置ばかりか日食・月食まで予測できるアナログ・コンピュータであることを明らかにし世界的な話題となった。

 番組はフリースの国際チームを中心に「アンティキテラの機械」の精巧なメカニズムとその背景になった古代天文学、製作者はアルキメデス学派の流れをくむ人々ではないかという仮説を手際よくまとめていた。

 「アンティキテラの機械」についてもっと知りたくて本書を読んだが、番組では描かれなかった研究者たちの人間ドラマがみっちり書きこんであって面白かった。

 番組ではプライスからいきなりフリースの国際チームに飛んでいたが、その間の26年間にハイテクを使うまでもなくほとんど解明が済んでいたのである。

 本書には「アンティキテラの機械」の謎にとり憑かれた研究者が何人も登場するが、前半の主人公がプライスなら、後半の主人公はマイケル・ライトである。

 ライトはロンドン科学博物館工学部門の学芸員だった。ビザンティンの歯車付日時計の購入にかかわったことから古代ギリシアの歯車技術がイスラムに伝わったというプライス説を知り、「アンティキテラの機械」に関心を持つようになる。

 ライトは一介の学芸員だったし、博物館の方針が調査研究から入館者サービスに重点を置くようになったので公務として「アンティキテラの機械」にか かわることはできなかったが、シドニー大学の天体物理学者であるアラン・ブロムリーが「アンティキテラの機械」の調査をはじめると知り、助手になることを 申しでる。有給休暇を使い、滞在費は自費でまかなうという完全な持出しである。

 工作の得意なライトは原始的なX線断層撮影機を自作し、微妙な調整の必要な現像も自分でやるという手間をかけ、4年がかりで700枚余のX線写真 を撮影するが、あまりにも「アンティキテラの機械」に打ちこみすぎたために妻に離婚を言いわたされ、自宅から放りだされてしまう。

 しかも苦心して撮影・現像した写真はすべてブロムリーがシドニーに持ち帰ってしまい、論文が発表されることもなかった。

 ブロムリーが論文を書かなかった理由は5年後にわかる。彼は死病にかかり、研究をつづけるどころではなかったのだ。

 2000年11月ライトはシドニーを訪れ、自分が撮影したフィルムを受けとるが、ブロムリーはまだ「アンティキテラの機械」に未練があり、最も鮮明な写真はわたさなかった。ライトがすべての資料を受けとるのはブロムリーが亡くなった後の2003年のことである。

 フリースの国際チームが2005年9月から調査をはじめることはわかっていたのでライトは大急ぎで研究を進め、論文を次々と発表しはじめる。

 フリースは2006年11月にハイテク調査の結果をアテネで大々的に発表するイベントを開くが、ライトに敬意を表して講演を依頼したところ、ライ トはローテクでほぼ同じ結論に達していてライトの独演会になりかけたという。もちろんハイテク調査だからわかったことも多いが、ローテク恐るべしである。

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Posted by 加藤弘一 at 2012年12月27日 23:00 | Category :







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