プラトンと反遠近法 [著]神崎繁
[評者]木田元(哲学者) [掲載]1999年03月07日 [ジャンル]
■古代から現代まで壮大な精神史語る
<遠近法>といえば、三次元の立体を二次元の平面に描くための絵画技法、ルネサンス期に発明され、<現代美術>ではほとんど無視されている一つの技法と思われているにちがいない。
だが、遠近法の成立には、ある水準に達した幾何学・光学・視覚理論、そして空間を等質的なものと見る特殊な空間観、それに芸術上の特定の立場が協力して働 いている。遠近法は、知的な科学・哲学理論が目に見える絵に感性化され、絵から知的な理論が読みとられる独特の<象徴(シンボル)形式>なのである。
そのせいか、遠近法は多くの思想家を魅了してきた。ニーチェは、目に見えるこの世界の背後に目に見えない真の世界があるとするプラトン流の考え方を否定し た。「あるのは進化のある段階に達したわれわれに遠近法的に配置されて見えているこの世界だけだ」と。それ以降、彼に続く世代のカッシーラー、ハイデ ガー、ウィトゲンシュタイン、パノフスキー、その他多くの思想家が、遠近法に思いをこらしてきた。
いや、それどころではない。本書によれば、絵 画技法としての遠近法が発明されるはるか以前のヘレニズム・ローマ期のストア派や新プラトン主義、さらに遡(さかのぼ)ってデモクリトスやプラトンの古典 古代においてさえ、遠近法的な世界の見方の是非が問われ、たとえばプラトンははっきり反遠近法の立場をとっていた。本書は、古代から現代に及ぶ遠近法をめ ぐるこうした壮大な精神史なのである。
著者は古代哲学を専門とする新進気鋭の研究者だが、近現代にまでわたる驚くほど豊かな学殖をうかがわせる 論文やエッセーでかねてから注目を集めてきた。これが最初の本になるのだが、「あとがき」を読んで驚いた。はじめ二十枚の雑誌原稿を依頼され、書いてみた ら八十枚になった。いっそ本にしましょうということになり、二カ月で三百余枚を書きあげたという。針でつついたら、これまでの蓄積が一気に噴き出したので あろう。ういういしさと老練な筆さばきとを兼ねそなえた、近来珍しい名著である。
評者・木田元(哲学者)
(新書館・242ページ・2,800円)
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かんざき・しげる 52年生まれ。東京都立大助教授。専攻の西洋古代哲学から、現代哲学を考察している。
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