2011年05月09日
『勤めないという生き方』森健(メディアファクトリー)
「「どうしてもしたいこと」と「とりあえず生活を支えること」の間」
地方都市における町おこしについて調べているうちに本書を知った。私が興味をもったのは、島根県の離島、隠岐島の海士町でベンチャー起業を創業した、 (株)巡の環の代表、阿部裕志という人物である。トヨタ自動車という世界一の自動車企業から、人口2400人の離島に転居して、町おこし事業を展開してい る若者。トヨタのある愛知県で暮らしている私としては気になる存在だった。愛知県はトヨタ、静岡県はスズキ、ヤマハ、ホンダがある。それぞれの都市では、 多くの自動車マンが勤勉に働いている。しかし、そこから離脱して新しい人生を送っている人間の記録はあまりない。リーマンショックで景気が減速し、東日本 大震災でさらなる打撃を受けている自動車産業。この産業から卒業して新しい人生を歩む人間の記録が読みたかったのである。愛知県でも、自動車に変わる新産 業の必要性は理解されているが、まだ表面的である。いまの時代を牽引するだけの新産業が見えないし、それを具現化する人間がまだ見えていないからだ。既存 産業の社員たちの不安は高まっている。 トヨタを辞めて、なぜ海士町なのか。著者のライター森健の質問に対して、阿部は「うまく答えられない」「海士が気に入った、としか言えないです」 という。海士には、ソニーから転居した、教育事業を展開している岩本悠という人物がいる。その妻がトヨタの同期で、生き生きと海士で活躍していることをみ て、仲間に入れて欲しい、と思ったことも背中を押したようだ。
要は、感性で動いた、ということだろう。そして、その感性による決断を支える魅力的な環境があった。それが海士町だったのだろう。
本書では、こういう人生の転機を、起業、独立という形で乗り越えた(あるいは、苦難の中で格闘している)人間が13人紹介されている。
成功した人間の評伝ではない、と言うところがユニークだ。成功の途上にある人間たちだ。
また、それぞれの目指す成功の形は違う。共通しているのは、金と安定、では幸福になれない、という確信だ。別の何かをもとめて動いた。
森健は、13人の取材を終えたあとがきでこう書いている。
誰にも共通しているのは、「どうしても」がその人の人生において欠かせない要因になっている点だ。その理由はつねに はっきりしているわけでもない。やりたいことが決まっているわけでもない。けれども明日いるべき場所はここではないとわかってしまった。だから動いたので ある。決断に所帯のあるなしは関係がなかった。独身で辞めた人もいれば、妻や子をもちながらも辞めた人もいる。
13人のそれぞれの独立の背景には、20世紀の大量生産・大量消費というビジネスモデルへの違和感があるように思う。批判ではなく、違和感であ る。その違和感を解消するために動く。そのきっかけとなる人生の転機を13通り、読むことができる。さらりと読める文章だが、再読してその人の人生を追体 験したくなる良書である。
著者の森健はここ数年、仕事をテーマに精力的に取材をしている。起業家を、理想の生き方である、と持ち上げることはしない。会社員には会社員の仕事の楽しさと苦しさがある。独立した人間にも同様にある、ということが分かっている書き手だ。
仕事とは「どうしてもしたいこと」と「とりあえず生活を支えること」の間のどこかにあるのだ。
という森健の一文は真実である。
私たちは、本書に紹介された13人の人生を読みながら、自分だけの「間のどこか」を見つめ直すことになる。
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