2011年5月24日火曜日

asahi shohyo 書評

公共放送BBCの研究 [編著]原麻里子・柴山哲也

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年5月22日

表紙画像著者:原 麻里子・柴山 哲也  出版社:ミネルヴァ書房 価格:¥ 4,725


■穏やかなナショナリズムを涵養

 NHKでBBC(英国放送協会)のドキュメンタリーを見た日がある。カナダの山中で、一人、樵(きこり)となって暮らすベトナム帰還兵の日々を追った作品であったが、戦争の傷痕がひしひしと伝わる、いまも記憶に残る秀作だった。

 正確なニュースと良質の報道番組を看板とするBBCであるが、放送領域は教養・娯楽・スポーツに、さらに昨今はニューメディアへとウイングを広げている。本書は、世界の放送ジャーナリズムに君臨するBBCを多角的に論じた研究書である。

 受信料により成り立つ点ではNHKと同じであるが、時々の国王(女王)から「特許状」を授かり、また国民が所有する「公共財産」というあたり、イギリス的である。

 公共放送にとっての宿命的課題は、時の権力との関係性である。それは戦争時にもっとも露(あら)わに現れる。大量破壊兵器の存 在を理由にイギリスは対イラク戦争に参戦したが、BBC記者はそのうそを暴いてブレア政権と激しく対立した。事実が判明したとき、政権は退陣へ追い込まれ た。

 一方、第2次世界大戦、スエズ動乱、フォークランド紛争など、歴史的に振り返っていえば、BBCは"大英帝国の正義"を大きくは逸脱することのない放送局であり、国民に対し「穏やかなナショナリズム」を涵養(かんよう)する放送局でもあった。

 大戦時、敵国ドイツ国民もBBCに耳を傾けたという。戦況を知る上でもっとも正確なメディアだったからである。プロパガンダ局と化していた日・独の放送局とは大違いである。それは公共放送というものへの歴史的蓄積、あるいは国民的知恵の所産でもあるのだろう。

 研究者たちの合作である本書は少々読みづらいが、多面的でしたたかなBBCの姿を教えてくれる。"この国民にしてこの政府"というきつい至言があるが、それは放送局においてもいえるのだろう。

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 はら・まりこ 社会人類学者、しばやま・てつや 立命館大学客員教授。ほか16人が執筆。

表紙画像

公共放送BBCの研究

著者:原 麻里子・柴山 哲也

出版社:ミネルヴァ書房   価格:¥ 4,725

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