2011年5月9日月曜日

asahi shohyo 書評

生老病死のエコロジー―チベット・ヒマラヤに生きる [編]奥宮清人

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2011年5月1日

表紙画像 出版社:昭和堂 価格:¥ 3,150


■高地に暮らす人々と向きあう

  標高5300メートルのエベレスト・ベースキャンプで、ぼくはこの原稿を書いている。本書によると、この5300メートルという高さこそが「人間の居住の 最高高度」である。低酸素環境でのろのろと行動している自分に比べ、登山のサポートをしてくれるシェルパたちは、平地と同じように自在に行動しており、そ の順応力には目を見張るばかりだ。

 彼らは血管を拡張させ、血流量を増やすという遺伝子の低酸素適応戦略によって、今のような身体を手に入れた。高地におけるこうした人々の生活について、様々な角度から考察したのが本書である。

 世界の三大高地として知られるアンデス、チベット、エチオピアのなかでも、特にチベット文化圏に焦点を当て、アルナーチャル・ プラデーシュ、ラダーク、青海省というチベット高原の周縁に位置する三地域で行われたフィールドワークを、それぞれの研究者が章ごとに報告している。高地 生活の現実を、読者は徐々に知ることになるだろう。

 冒頭に述べたような高地への遺伝的適応ばかりでなく、文化的適応についての記述にも惹(ひ)かれる。インドのラダークにあるド ムカル村の住民は「お祈りをしているとき」に幸せを感じるという。チベット仏教徒にとって祈りは特別な意味を持っている。「『信じるものや夢や目標、好き なことに没頭しているとき』に幸せを感じるということは、多くの人に当てはまるのではないか」と研究者が補足するように、そこには確かに人の幸せの原点が 垣間見える。

 グローバル化の波にさらされ、糖尿病などの生活習慣病が増えている高地の現実。それを冷静に分析しつつ、彼らの揺るがない精神 性を見つめていく。生まれること、老いること、病むこと、死ぬことという四つの苦しみと彼らはいかに向き合い、私たちはそこから何を学ぶのか。まだ中間報 告であるという本試みの行き着く先に期待したい。

    ◇

 おくみや・きよひと 総合地球環境学研究所准教授(フィールド医学・老年医学・神経内科学)。

Overall rating
 

0 件のコメント: