2011年5月18日水曜日

asahi shohyo 書評

ジェイコブズ対モーゼス—ニューヨーク都市計画をめぐる闘い [著]アンソニー・フリント

[評者]柄谷行人(評論家)

[掲載]2011年5月15日

表紙画像著者:アンソニー フリント  出版社:鹿島出版会 価格:¥ 3,150


■住民運動が阻んだ巨大プロジェクト

  本書は、一口でいうと、1950年代から60年代にかけて、モーゼスという人物が強引に推進したニューヨークの再開発を、ジェイコブズという主婦が阻止し た事件をあつかっている。モーゼスが推進したのは、衰退していた19世紀的な都市を再生するプロジェクトである。それは多様なものが混在していた都市を、 商業区や住宅区に分け、それらを高速道路網でつなぐ現代都市のプランニングである。これは、ル・コルビュジエの「輝く都市」に示されたモダニズムの都市理 論にもとづくものだ。

 モーゼスは40年代から、歴代の州や市の政府の下で、一貫してこの計画を進め、ニューヨークの風景を一変させてしまった。彼は それを実現するために、住民に対する買収、反対者への脅迫、メディアによる宣伝を徹底的におこなった。誰も容易に反対することができない体制を創りだした のである。その結果、モーゼスは「マスター・ビルダー」と称賛されるにいたった。50年代にワシントンスクエア公園に高速道路を通すことが、彼のプロジェ クトの仕上げとなるはずであった。

 だが、それは近隣のグリニッジ・ビレッジに住んでいたジェイコブズがおこした住民運動によって阻止された。彼女はジャーナリス トとしての経験が少しあったものの、大学も出ていない、子育て中の主婦であった。彼女の反対運動は、NIMBYイズム(私の裏庭にはつくらせない)による ものではなかった。もしそうであれば、モーゼスによって切り崩され、また、全世界に影響を与えることにならなかっただろう。

 モーゼスはただの政治的な権力者ではなかった。彼の背景にはモダニズム建築理論があったからだ。彼のプロジェクトを阻止するた めには、それを根本的に批判するような理論が必要なのである。ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』がそれをもたらした。この本は、自然成長的な多様 性こそが都市を活性化することを示した。とはいえ、彼女はこのような理論をもって運動を始めたのではない。この反対運動を通して学び、それを考えだしたの である。

 モーゼスは60年代に、ローワーマンハッタン・エクスプレスウェイを建設しようとして、再び、ジェイコブズの反対運動によって 挫折し、完全に没落してしまった。彼女がいなければ、モーゼスは勝利したかもしれない。そうすれば、ニューヨークは地下鉄やバスのない自動車化した都市に なっていただろう。しかし、本書を読みながら、私が考えていたのは、日本においてなぜ原発建設を止めることができなかったのか、止めるにはどうしたらいい のかということである。

    ◇

 渡邉泰彦訳/Anthony Flint 米国で長年、ジャーナリストとして都市計画や開発、建築、住宅、運輸関係などを取材。現在はマサチューセッツ州ケンブリッジのリンカーン土地政策研究所所属。

表紙画像

ジェイコブズ対モーゼス—ニューヨーク都市計画をめぐる闘い

著者:アンソニー フリント

出版社:鹿島出版会   価格:¥ 3,150

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