2012年9月5日水曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年08月07日

『星のかけらを採りにいく—宇宙塵と小惑星探査』矢野 創(岩波書店)

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 この本は、宇宙塵(うちゅうじん)を集めることに心血を注ぐ、ある研究者によって書かれました。名前は矢野創。彼が何者であるかは、冒頭の一節を読めばすぐにわかります。
 二〇一〇年六月一四日。私は南オーストラリアのウーメラ砂漠の赤茶けた荒野に立ち、透明感のある日差しと穏やかな風を全身に感じていました。(中略)

 二〇〇三年五月九日に鹿児島県の内之浦で旅立ちを見送った工学試験探査機「はやぶさ」の地球帰還カプセルは、前夜に人工流星となって南天の星空を 照らし、今は私の眼前数十m先の低い藪の中に、パラシュートと共に静かに横たわっています。太陽の光を受けてキラキラと輝くその姿は、打上げから七年間を 経て、小惑星イトカワを往復してきたとは思えないほど、新品同様に見えました。


 矢野氏は、日本を感動の渦に巻きこんだ、あの「はやぶさ」プロジェクトで、イトカワの試料(サンプル)を採取する機構(サンプラー)の開発を担当した人です。イトカワの表面に弾丸をぶつけて舞い上がったものを採取するという、テレビや映画の映像で何度も見たアレですね。

「はやぶさ」が小惑星に着陸し、試料を採取して離脱する時の現場監督を務めたのも矢野氏です。竹内結子さんが主演した映画『はやぶさ /HAYABUSA』で、第一回目のタッチダウンの後、山本耕史さんが、「はやぶさ」を緊急離脱させるかどうか激しく悩むシーンがありますが、実際の現場 で激しく悩んでいたのが矢野氏なのです。

 さて、この矢野氏が研究する「宇宙塵」とは、いったいどんなものなのでしょうか。宇宙空間に分布する固体の微粒子。それが宇宙塵です。大きいもの は隕石や流れ星などになりますが、さらに小さいものは、私たちの肩の上に降りつもったり、空気と一緒に肺にとりこまれたりしています。

 (前略)この宇宙塵は、四五・六億年前に地球が生まれてから今まで、毎日宇宙から静かに降り積もっています。そう、「宇宙塵も積もれば地球になる」。いえ、地球だけでなく、そこに住む私たち生命も全て、宇宙物質からつくられているのです。

 陸上、深海、極地、大空、地球周回軌道から集められる宇宙塵。その分析から、研究者たちは、地球生命の原材料は宇宙から供給されたのではないか、 という確信を強めていきます。しかし、地球に降ってきた宇宙塵からだけではすべてを知ることはできません。人類は宇宙塵の生まれ故郷、母天体から直接サン プルを採取することを思い立ちます。それが「はやぶさ」プロジェクトです。

 矢野氏は、ひんやりとした美しい文章で、宇宙塵にかける自らの情熱を語っていきます。読んでいるうちに、私は矢野氏に襟元をつかまれ、矢野氏の頭 の中のヴィジョンをそっくりそのまま見せられているような気分になりました。そこには「獅子の雄叫び」のように激しく降る流星群や、何十億年も前に地球に 衝突した巨大隕石たちが見えます。そして、それら宇宙塵に乗ってやってきた私たち祖先のもととなる「何か」の姿も。

 矢野氏の語りは、やがて、「はやぶさ2」プロジェクト、「たんぽぽ」計画、さらには土星の衛星「エンケラドス」の氷の火山から地球外生命を持ち帰 るという壮大なプロジェクトにまで及びます。はやぶさの十倍もの距離を行って帰る「エンケラドス」計画。二十年後、私たちはその成功を目にすることができ るのでしょうか。技術的課題。なにより予算。成功の前には数え切れないほどの困難が横たわっています。

 最後に、この本が語るもうひとつのストーリーをご紹介しましょう。各章の間に差し挟まれている『わたしの旅路』。矢野氏の少年時代から現在に至る までを書き綴ったハートウォーミングエッセイです。三十円を握って一駅先の吉祥寺まで冒険する六歳の矢野少年が実に微笑ましい。微笑ましいんですけど…。 小学生、中学生と成長する矢野少年が、様々なことに挑戦するエピソードを読んでいるうちに、私は背筋が寒くなりました。恐ろしいまでのチャレンジ精神。子 供とは思えない緻密な計画と実行力。「自分で決めたことで結果を出せば、反対していた人も認めてくれる」。その通りです。その通りですが、しかしここまで 徹底的に、それを実行する人がどれだけいるでしょうか。

 宇宙へ駆けのぼるための階段を、黙々と、確実に、積み上げていく矢野少年。大人になった彼の手は、陸、大空、宇宙空間と、宇宙塵を求めて伸びてい きました。その手が小惑星イトカワに達するのを私たちは見てしまいました。きっと「エンケラドス」にも届くでしょう。そう思わざるを得ない、凄まじい執念 が、この本からあふれているのです。




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