俺に似たひと [著]平川克美
[評者]中島岳志(北海道大学准教授) [掲載]2012年03月04日 [ジャンル]ノンフィクション・評伝
■介護から見いだす「本当の大人」
東京の下町で町工場を営み、町内会を取り仕切ってきた父親が徐々に衰弱し、死に至る。約1年半の静謐(せいひつ)な介護生活を綴(つづ)った本書は、Webマガジン連載時から大きな話題となっていた。
突然始まった「男ふたり暮らし」は、平穏ながら緊迫している。父の老いは日々進行し、時に「せん妄」の中をさまよう。半覚半睡の状態が続いたかと思えば、突然、大声をあげ乱れる。しかし、その混濁を通り過ぎれば、また小さな平安が戻ってくる。
父のために食事を作り、排泄(はいせつ)や風呂の世話をする。当然、自分の時間は削られる。仕事も制限される。しかし、「おいしいおいしい」と食事を頬張 り、「風呂はいいなぁ」と笑顔を見せる父に、著者は自己の実存的根拠を発見する。「俺がたおれたら、父親はどうするんだろうか」。そんな自意識は、必然的 に「俺は何者なのか」という問いへとつながる。幸福の尺度が揺らぐ。
実家を片づけ始めると、父と母の戦後が表出する。裸一貫で始めた油まみれの 工場。地域を束ねる濃密な町内会。どれも若き日の著者が逃げてきた現実だ。しかし、そこで展開された堂々たる人生に、著者は人間の本質を見いだす。戦後の 日本が構築しつつ破壊してきたものは何だったのか? 本当の大人とは、どのような存在なのか?
父を「俺に似たひと」と認識する過程は、現代日本が置き去りにしてきた価値を引き受けなおす覚悟と直結する。人口が減少し、経済成長が困難になった日本で、「俺たち」が生きていく道が父の背後に透写される。
過剰な感傷を排し、生々しい介護生活を静かに描く本書は、清らかな透明感を獲得している。著者が同時出版した『小商いのすすめ』(ミシマ社)は、本書と見 事な対をなしている。拡大から持続へと時代のパラダイムが移行する中、著者の示す価値観は、共感の連鎖を生みだすだろう。
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医学書院・1680円/ひらかわ・かつみ 50年生まれ。株式会社リナックスカフェ代表取締役。『経済成長という病』
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