2012年3月28日水曜日

asahi shohyo 書評

反・幸福論 [著]佐伯啓思

[掲載]2012年03月30日

表紙画像 著者:佐伯啓思  出版社:新潮社 価格:¥ 777

■経済成長の果てに、「死」も「生」も喪った日本人の自画像

 東日本大震災発生から1年が過ぎ、日本は何か変わっただろうか。
  佐伯啓思は大震災が起きる前から月刊誌ではじめた連載で、「反・幸福」という視座に立って今日の日本人の精神状況を分析していた。その論考は、個人の自由 拡大のため経済的な利益や権利を追求してきた戦後日本、あるいは近代主義への異議であり、読者には、歪(いびつ)な自画像を突きつける内容となっている。
  ささやかな自由を求め、権力や権威に脅されることなく、「私的世界」を守りたいと願ってきた戦後の日本人。それがこの六十年間に変容し、〈「私的世界」は もはやささやかな楽しみなどではなく、公的な世界へと進出し、欲望を膨らませ、ウワバミのごとく見苦しく膨張しつつとどまるところを知りません〉という状 況に至っていると佐伯は書く。とどまるところを知らないのだから永遠に充足することはなく、自分は幸福からまだ遠いといつも感じてしまう。我利を求め、そ の欲求が満たされないことにたえず苛立つ人々。
 伝統的に〈現世的で世俗的で利己的な幸福を捨てるところに真の幸せがある〉と考えてきた日本人が、なぜこうなってしまったのか。
 佐伯は、戦後日本を支えた3つの価値((1)平和憲法(2)アメリカニズム(3)経済成長)の問題点を取りあげ、その影響もあって崩壊した死生観にも鋭く言及する。
〈現代のわれわれは、「死」を位置づけることができず、その結果、「生」の意味を確定することができなくなっている〉
  大震災では2万人近い人々が命を失った。東海や首都圏での巨大地震もそう遠くないうちに起きると専門家は予想、死者の想定数も発表した。私たちは今、とん でもない不幸と隣りあわせに生きていることを自覚し、だから、いやが上にも自分の死生観について考える。佐伯の連載をまとめたこの本は、その際のいいテキ ストになる。
 日本が変わるきっかけは、日本人が死生観と向きあうことからはじまるのかもしれない。
    ◇
 5万部1000部

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