2012年3月28日水曜日

asahi shohyo 書評

図説 尻叩きの文化史 [著]ジャン・フェクサス

[評者]石川直樹(写真家・作家)  [掲載]2012年03月25日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:ジャン・フェクサス、大塚宏子  出版社:原書房 価格:¥ 3,360

■愛と人間味にじみ出る奇書

 奇書である。先日、野村萬斎氏が演出した『サド侯爵夫人』(三島 由紀夫原作)を観劇し、その余韻のなかで本書を手に取った。タイトルに「図説」と銘打たれているとおり、古今東西の尻叩きに関する図版が豊富で、それらを 概観するだけでも、この本のぶっ飛び具合が伝わってくる。
 著者は元弁護士で、「エル」や「フィガロ」といった女性誌のイラストレーターの仕事を こなし、かつては警察官でもあったという変わり種である。彼の著作の一つ『おなら大全』は、故・米原万里さんが以前書評を書いていたので覚えている。熱心 な性の探求者で、しかもマニアックな性格を持ち合わせていることは、多くの図版の提供者に自身の名を挙げていることからもうかがえる。努めて上品かつ生真 面目に分析しつつも、書き手の嗜好(しこう)や気持ちがページの随所に滲(にじ)み出しているのが面白い。そうした人間味が垣間見られるからこそ、奇抜な テーマを扱いながら、読み手を不快にさせないのだ。
 子どもへのお仕置き、性愛行為、刑罰、宗教上の鞭打(むちう)ちなど、歴史上のあらゆる尻叩 きが取り上げられるのだが、難しい理念をこねくりまわすのではなく、具体例のオンパレードであるがゆえに極めて明快だった。ただ、現代の尻叩きについて触 れる最終章では、それまでかろうじて保たれてきた著者の抑制が利かなくなっている節がある。例えば「尻叩きの音は多くの建物内で最新の流行になっている。 どのリズムもテクノのリズムに取って代わりうるような音である」という冒頭の文章には、納得しかねる。カバノキ製の鞭の長所を述べられても、もはや普通の 読者はついていけないだろう……。
 尻叩きの効用について、「万能薬、あるいはそれに近いもの」と言い切ってしまう著者の、尻叩きへの愛情はどこまでも深い。人間の計り知れない欲望を露(あらわ)にする、愛すべき奇書である。
    ◇
 大塚宏子訳、原書房・3360円/Jean Feixas フランス人。とっぴなものの収集家。『うんち大全』

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図説 尻叩きの文化史

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著者:ジャン・フェクサス、大塚宏子  出版社:原書房 価格:¥3,360

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サド侯爵夫人/朱雀家の滅亡

サド侯爵夫人/朱雀家の滅亡 

著者:三島由紀夫  出版社:河出書房新社 価格:¥756

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おなら大全

おなら大全 

著者:ロミ、ジャン・フェクサス、高遠弘美  出版社:作品社 価格:¥3,780

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うんち大全

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著者:ジャン・フェクサス、高遠弘美  出版社:作品社 価格:¥3,045

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asahi shohyo 書評

なぜデザインが必要なのか [著]エレン・ラプトンほか

[評者]辻篤子(本社論説委員)  [掲載]2012年03月25日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

表紙画像 著者:エレン・ラプトン、カーラ・マカーティ、北村陽子  出版社:英治出版 価格:¥ 2,520

■問題解決への知恵と技術

 「デザイン」と聞いたときにすぐ頭に浮かぶのは、「意匠」、つまり、さまざまな製品の色や形、模様のことかもしれない。
 だが、英和辞典をひもとけば、考案する、計画する、設計する、といった言葉が並ぶように、実はもっと広い意味を持った言葉だ。本書は、それを豊富な実例で見せるとともに、この言葉が今日の重要なキーワードでもあることを教えてくれる。
 本書のもとになったのは、米ニューヨークにあるクーパーヒューイット国立デザイン博物館で行われた、2010ナショナルデザイントリエンナーレ「なぜ今デザインなのか?」と題された展覧会だ。
  エネルギー、コミュニティー、健康、豊かさなど八つのジャンルに分け、世界中から選ばれた138のプロジェクトが紹介されている。人々が「より健康に、よ り豊かに、より快適に暮らし、同時に、人と人の住む地球の生態系とが調和を取り戻す」ためのデザイナーたちの模索、である。
 中身は多岐にわたる。構想中、あるいは建設中の未来志向都市があれば、ロサンゼルス地震に備えるためのデザイン、途上国の水浄化システムや呼吸器疾患を防ぐコンロ、さらには、泥の中の生物の代謝を利用してエネルギーを作る泥ランプもある。
 日本からは、使い捨てでも美しい「WASARA」食器やホンダの人型ロボットアシモから派生した下半身サポートシステムなど数点だ。
  登場する人の中には、建築家やエンジニア、工業デザイナーと呼ばれる人がいれば、市民や起業家もいる。重要なのは、個々の専門を超えて、私たちが持つ知恵 でも技術でも総動員して、世界が抱えるさまざまな問題への解決策を見いだそうとする取り組みであり、それこそがデザインだ、ということだろう。
 日本の潜在力を生かすためにもっとデザイン力を。そんなメッセージも読み取れる。
    ◇
 北村陽子訳、英治出版・2520円/米クーパーヒューイット国立デザイン博物館のEllen Luptonら4人で執筆。

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なぜデザインが必要なのか 世界を変えるイノベーションの最前線

なぜデザインが必要なのか 世界を変えるイノベーションの最前線 

著者:エレン・ラプトン、カーラ・マカーティ、北村陽子  出版社:英治出版 価格:¥2,520

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日本の精神医療史—明治から昭和初期まで [著]金川英雄

[評者]斎藤環(精神科医)  [掲載]2012年03月25日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:金川英雄  出版社:青弓社 価格:¥ 2,100

■隔離されてきた精神病者

 本書は、精神医学史に関する類書の中でも飛び抜けてユニークだ。扱う時代は明治から昭和初期とごく短く、官報などからの引用が多い文章はいささか読みづらい。しかし斬新すぎるその切り口で、最後まで一気に読ませる。
  特異な点は二つある。第一に、精神医療を隔離・監禁の歴史としてたどっている点。それゆえ感染症の隔離政策に関する記述も多い。第二に、本書の約半分が朝 鮮半島における西洋医学導入の歴史に割かれている点。とりわけ韓国の精神医療史のこれほど詳しい紹介は、私が知る限り本書が初めてだ。
 著者はまず、わが国の精神医学の礎を築いた東京帝国大学神経病学講座の教授・呉秀三と樫田五郎の著書『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其(その)統計的観察』(1918年)を詳しく紹介する。
  この本に記された、日本の精神障害者が「此(この)病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生マレタルノ不幸」を二重に被っている、という一文はよく知られてい る。これは精神障害者の「私宅監置」(「座敷牢」など)に対する告発だった。当時、精神障害者の処遇は警察の管轄だったのだ。
 呉は日本のみならずアジア全体の精神医療の向上を考えており、朝鮮半島の医療の近代化にも深く関わった。ただしそこには、西洋諸国から流入した「宣教医師」らの活躍も大いにあずかっていた。
 セブランス医学校を設立したオリバー・エビスン、精神科を専門とする宣教医師マクラーレン、韓国での医学教育に尽力した沈浩燮(シムホソプ)や李重テツ(イジュンチョル)といった、知られざる偉人たちが活躍する第4章は、本書最大の読みどころである。
 呉の悲願だった精神科病院の建設は、戦後大いに進んだ。座敷牢は消えたかわりに、精神科病床数は約35万床と先進諸国中でも際だって多い現状がある。「此邦ニ生マレタルノ不幸」は、いまだ過去形ではない。
    ◇
 青弓社・2100円/かねかわ・ひでお 東京武蔵野病院外来部長、了徳寺大学兼任講師。『精神病院の社会史』

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著者:金川英雄  出版社:青弓社 価格:¥2,100

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精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的観察〔新装版〕

精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的観察〔新装版〕 

著者:呉秀三、樫田五郎  出版社:創造出版 価格:¥1,995

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精神病院の社会史

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著者:金川英雄、堀ゆみき  出版社:青弓社 価格:¥2,940

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アートの起源 [著]杉本博司

[掲載]2012年03月25日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

表紙画像 著者:杉本博司  出版社:新潮社 価格:¥ 2,730

 ニューヨークに暮らす現代美術作家である著者の名を冠し、香川県丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で2010年11月から翌年の同月までほぼ1年開催さ れた展覧会の本。収録写真は展示品であり、言葉はそれらを語るが、「図録でもなく、評論集でもない、詩集でもなく、独白でもない、なにか」だという。「光 学硝子(ガラス)五輪塔」の章では、釈尊の骨をまつる五重塔=舎利塔は宇宙をも表現し、信仰心を純粋に表そうとする「宗教的野心が萌(も)えいでた」形と 解き明かす。杉本の作った塔は宇宙を構成する五大のうち、水を示す球体が核をなす。球には30年以上撮り続けている海景が封じられている。帰依する対象を 失った「私」の意識の源。
    ◇
 新潮社・2730円

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長寿と性格—なぜ、あの人は長生きなのか [著]H・S・フリードマン、L・R・マーティン

[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2012年03月25日   [ジャンル]人文 

表紙画像 著者:ハワード・S・フリードマン、レスリー・R・マーティン  出版社:清流出版 価格:¥ 1,785

■ジョギングよりも勤勉性

 高齢化社会の日本ではこれ以上長寿が増加すると問題の上に問題を積 み重ねることになるけれど、米国で約1500人を対象に80年間追跡観察した結果、長寿は生き方のパターンにあるというデータを発表した博士がいる。それ によると従来の健康に関する常識が通用しないことになる。
 医療側の健康論理ではなく健康と長寿のカギを握っているのは性格で、最も重要なのは 「勤勉性」だという。ダイエットもジョギングも関係ない。慎重、注意力、責任感、礼節、計画性、ねばり強さ、思慮深さ、社交ネットワークなどなどだ。そこ で僕はふと三島(由紀夫)さんの性格を思い出した。だが彼は自死を選んだ。とするとこの研究は当てはまらない。しかし、「この世の終わり」と解釈するタイ プの悲観論者は事故や事件、自殺で亡くなる短命の確率が他より高いという。すると彼の憂国の思想が逆転劇を誘発したともいえる。
 著者は、専門家の多くが今後、寿命は短くなると予想しているという。理由は、国民が健康のためのアドバイスを守らないためだが、著者によれば健康のための政策の方こそ間違っているのだ。
 この研究を行ったルイス・ターマン博士はもともと、才能があって成功した人の秘訣(ひけつ)を探るのが目的だったが、同じことが健康と長寿に関しても言えることを発見した。
 本書は長寿の性格と同時に短命の性格も指摘している。芸術家には長寿が多いが、中には長寿の条件に反する性格パターンの持ち主もいるだろう。にもかかわらず長寿なのは、博士の挙げる条件の他にも別の因子がありそうだ。
 例えば芸術家は「勤勉性」の他に、創造に伴う本能的な感性や霊感の受信能力が異常に敏感であるというようなことも長寿の条件に加えなければ、芸術家の異端的な性格にもかかわらず長寿であるということが理解しにくくなるからだ。
    ◇
 桜田直美訳、清流出版・1785円/H.S.Friedman▽L.R.Martin いずれも米国の心理学者。

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長寿と性格 なぜ、あの人は長生きなのか 

著者:ハワード・S・フリードマン、レスリー・R・マーティン  出版社:清流出版 価格:¥1,785

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