2011年2月28日月曜日

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注目集める「ひとり出版社」 埋もれた「名著」復活に一役

2011年2月26日12時25分

写真:夏葉社の島田潤一郎さんは、仲のよかったいとこを若くして事故で亡くした。「残された叔父と叔母を本で喜ばせたいという思いも」=東京都内拡大夏葉社の島田潤一郎さんは、仲のよかったいとこを若くして事故で亡くした。「残された叔父と叔母を本で喜ばせたいという思いも」=東京都内

写真:佐藤泰志作品集をはじめ、文弘樹さんは40冊ほど出してきた。「大きなもうけはなくても、心に刻まれるものを」=東京都内拡大佐藤泰志作品集をはじめ、文弘樹さんは40冊ほど出してきた。「大きなもうけはなくても、心に刻まれるものを」=東京都内

 本好きのあいだで、「ひとり出版社」が注目を集めている。100冊、千冊単位という少部数だが、埋もれた作家や名著の復活に一役買い、出版不況が進む中、「小さな」ヒット作を送り出している。

■足で稼ぎ 思い届ける

 ユダヤ系作家バーナード・マラマッドの短編集『レンブラントの帽子』、埋もれた名著とされた東京の古書店主のエッセー『昔日の客』。昨年出たこの2冊は 夏葉社(東京)の島田潤一郎さん(34)がひとりで編集から営業まで手がけた。どちらも新聞の書評欄に取り上げられ話題になり、各3千冊ほどを完売、増刷 した。

 島田さんは元フリーター。就職活動で出版社を中心に50社受けたが全敗。開き直り、アルバイトでためた資金をもとに一昨年、ひとりで会社を起こした。「200冊だけ厳選して売る本屋があれば、そこに入る何度も読み返したくなる一冊を作ろう」と。

 『レンブラントの帽子』は、尊敬するイラストレーター和田誠さんに「えたいの知れない人間ですが、いい本を作りたい。力をかしてください」と手紙を書い て装丁を頼んだ。絶版状態だった『昔日の客』は、古書店主の故関口良雄と作家尾崎一雄らとの交流がしみじみ描かれる。古書で1万5千円もするファン待望の 一冊を、うぐいす色の布の表紙で復刊した。

 出版前には首都圏や関西などでロングセラーが大事に置かれているような書店を150店ほど選び、営業に回った。「直接訪ね歩いた結果、気の毒に思ってくれたのか、返本がほとんどない。作者の心が届いたんだと思うとうれしい」。今後も足で売れるだけの冊数を作る。

 廃れた炭鉱町で不器用に生きる人たちを描いた「海炭市叙景」。昨秋に公開され話題を呼んだこの映画の原作は、41歳で自殺した佐藤泰志。5回も芥川賞候補になり、果たせなかった不遇の作家を最初に掘り起こしたのは、文弘樹さん(49)が主宰するクレイン(東京)だ。

 出版社に10年勤めたが、納得のいく本をじっくり作りたいと1997年に独立。「自分と同じことに興味を持つだろう千人に向けて本を届けたい」と、年3冊ペースで出してきた。

 在日の作家金鶴永の作品集を04年に出し評判になる。埋もれた作家に光を当てることが小出版社の役割だと、根強い人気があるのに単行本が絶版状態の佐藤に着目、07年に目録つきの700ページ近い作品集を、1年がかりで仕上げ出版した。

 これが佐藤の故郷である北海道函館市で話題になり、有志が寄付を集めて映画化。さらに小学館が文庫に。没後20年を経たブームのきっかけを作った。

 「与えられた生の条件下で懸命に生きてこそ人の輝きがある。そんな作品のメッセージが不況にあえぐ今の読者の心に響いたのか。地道に売れたおかげで次の本が出せる」と文さん。

■ネットで話題 直販も

 「ひとり出版社」という形態は昔からある。人文系専門書などを主に扱う出版取次会社JRC(東京)の場合、取引先約250社のうち2割超が、1、2人で 営む出版社だ。「著作権、採算と関門は多いが、光をあてれば売れる本が生まれるという部分を小出版社が担ってきた」と後藤克寛社長(62)は語る。

 それをインターネットの広がりが後押しする。近年、本好きな人のブログやツイッターで情報が流れ、小出版社の本でも欲しいと思う各地の人に届きやすくなった。書店委託しない、ネット直販が広まったこともある。

 芥川賞作家西村賢太さんが敬愛して再評価される藤澤清造の貧困小説集を10年前に出した勝井隆則さん(56)が営む亀鳴屋(かめなくや)(金沢)は直販 派だ。「いい作品を書きながら野垂れ死にしたような作家を紙の形で残したい」とマニアックな目線で「暴投系の手作り」を目指す。表紙に特注布をはったり、 昔風の活版印刷にしたり。凝り過ぎて利益が出せず、500部が売り切れないこともある。それでも、「亀鳴屋の本なら」と定着した全国のファンに向けての本 作りを続ける。

 また、徐々に各地で増えてきた配本だけに依らず、スタッフの並べたい本を置く個性派書店も応援団の役割を果たす。「昔日の客」の復刊をすすめた「古書善行堂」(京都)の山本善行さん(54)は『レンブラントの帽子』50冊、『昔日の客』を80冊売った。

 「大手は売れる本をつくり、いい作品だが地味、といったリスキーなものは手がけにくい。自分が感動したから届けたいというひとり出版社の思いは若い人にも通じ、さらにネットを介し広がる。新しい紙の文化を生みつつあるのではないか」(河合真美江)





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