ドイツ人住職が日本人に伝える禅の教え

[文]加賀見徹　 [掲載]2012年11月09日

「『坐』はsitで『座』はseatです。坐禅は行為で、実践が大事なので『坐』を用います」と話すネルケ無方さん拡大画像を見る
「『坐』はsitで『座』はseatです。坐禅は行為で、実践が大事なので『坐』を用います」と話すネルケ無方さん

　兵庫県美方郡新温泉町の曹洞宗禅道場・安泰寺で住職をするドイツ人、ネルケ無方さんによる『ドイツ人住職が伝える禅の教え生きるヒント３３』（朝日新聞出版）が出版された。
　道元禅師の仏教思想書『正法眼蔵（しょうぼうげんぞう）』『永平清規（えいへいしんぎ）』などからの３３の言葉をネルケさんの解釈で解説する。それらの言葉から学びとりたいのは鎌倉仏教についての知識ではなく、現代を生きている個々人の生き方のための道しるべだというネルケさんに話を聞いた。
　安泰寺は自給自足の坐禅道場で、ネルケさんは九代目になる。禅に出合ったきっかけは、ドイツの全寮制高校に在学中の１６歳の時だった。坐禅サークルがあり、先生から勧誘されたが「興味がない」と断った。が、２度目に誘われた時に「今までに坐禅をしたことがあるのか？一度もしたことがないのに興味がないとは言えないではないか」と説得され、試しにやってみたことが始まりだった。１年後にはその先生が転校し、サークルの責任者にもなる。日本の禅文化を海外に広くしらしめた仏教学者の鈴木大拙（すずきだいせつ）さんの本を読み勉強していくうちに、ゆくゆくは日本に渡って禅を学びたいと思うようになった。
　仏教というものに惹かれ、禅僧になる夢を抱いた理由には２つあるという。まず坐禅をして自分に体があることを発見した。体だけが自分ではなく、頭・脳が体とつながっている、体を通して世界・地球全体とつながっていることを初めて実感した。姿勢を正して坐ったら、自分が呼吸をしていることや鳥の鳴き声が聞こえてきて、それが大きな発見だった。
　もうひとつ背景にあるのは、ネルケさんが７歳の時に母親ががんで亡くなったことだ。小学校１年生の時から母親がいなかったので、いつも部屋にこもって考えていた。人間、どうせ最終的に死ぬならば、なぜ生きなければならないのか、生きている意味は何なのか。学校に行き就職して結婚し、家庭を持つ。その意味は何か、皆なぜ長生きしようとするのか。そして、考えている自分はいったい誰なのか。いくら考えてもわからないので、父親や小学校の先生に聞いたが答えてくれない。
　初めて釈尊の本を読んだ時、自分だけではなくそのような意識を持った人たちがいるということを知った。出家して坐禅に賭けた人たちが格好よく見え、自分もその一員になろうと思った。禅は特に教義にこだわっているわけでもなくシンプルで、坐禅を組むという生活実践も魅力的だった。それまで好きだった物理、化学、哲学よりも禅の方がいいと。禅と同等、それ以上の選択肢がほかにあったら、途中で挫折していたに違いない。それでも実際には何度も挫折しているが、自分にはこれしかない。どんなに絶望的な状況にあっても、トンネルの出口があると思ってこのように続いている。
　この本には「正しい師匠に『坐禅して何になるか』と聞けば『坐禅しても、何にもならない』という答えが返ってくるはず。世間から見れば何にもならないことだからこそ、ただ行うことが大切」、「お経はいわば地図のようなもの。地図ばかり眺めても、山はいつまでたっても見えてこない」といった意外な言葉や恋愛体験なども書かれている。「本当の自分を、裏ではこうなんだと表さないと、きれいごとになってしまいます。私の生活はこう目指しているがなかなか難しくて葛藤もあって、実はこうなんだと。むしろそれが狙いでもありました」
　考え方によっては、通勤することも夫婦喧嘩も育児も料理、洗濯、掃除もすべてが修行だという。「坐禅を組まなくてもいいですから、自分の道を模索してこれからの自分に何ができるか、この本が世界・地球規模で考えるきっかけになればと思います」
　安泰寺には年間１００人前後、世界十数カ国から参禅者が訪れる。