書店員に聞く 読む珈琲
[文]伊藤千尋 [掲載]2012年11月10日
くつろいで読書するとき、まずふさわしい飲み物はコーヒーだろう。その香りに包まれながらページをめくるのは、本の虫にとって至福のひとときだ。この液体はいったい何だろうか。どこで、どうやって作られるのだろうか。
■ブックファースト新宿店 荒俣麗奈さんのおすすめ
(1)コーヒーに憑かれた男たち [著]嶋中労
(2)コーヒーを通して見たフェアトレード [著]清田和之
(3)ブラック・コーヒー [著]アガサ・クリスティー
▽記者のお薦め
(4)コーヒーのグローバル・ヒストリー [著]小澤卓也
■赤いダイヤは黒い悪魔
熱きこと地獄のごとく、黒きこと罪のごとく、甘きこと恋のごとし。生産で世界一を誇る南米ブラジルでは、コーヒーをこう表現する。
サンパウロ市のあちこちに、立ち飲みのバール(喫茶店)がある。市民は、細かく挽(ひ)いた深煎りのコーヒーに砂糖をたっぷり入れて飲む。一口飲むと体がカッと熱くなる。
市の郊外の高速道路を走ると、コーヒーの香りが漂う。丘の斜面には高さ1.5メートルほどのコーヒーの木が整然と植えてあった。枝には小さな丸い実がびっしりとへばりつく。真夏の2月は緑色だが、5月から8月の収穫期には鮮やかな赤に変わる。
カリブ海の島国ジャマイカに、ブルーマウンテンという標高2256メートルの山がある。文字どおり青くかすむこの山のコーヒー農園で飲んだ「ブルマン」は、至高の味だった。
内戦をしていた中米ニカラグアのコーヒー園を訪ねると、小学生の姉弟がゴザの上にまかれたコーヒーの実を選別していた。「同じように見えるけど、一粒ごとに豆の表情が違う」と姉は言う。その豆はしかし、輸出用として外貨稼ぎに使われ、ニカラグア国民は味わえなかった。
今やコーヒー生産の第2位はベトナムだ。ホーチミン市の街角でプラスチックの椅子に腰掛け、おばあさんがアルミのフィルターで抽出したコーヒーを飲んだ。コンデンスミルクが入った甘ったるい味が、熱帯アジアのけだるい気候に合う。
荒俣さんがまず選んだ(1)『コーヒーに憑(つ)かれた男たち』は、「並外れた情熱とエネルギーをもって自家焙煎(ばいせん)コーヒーに挑む3人の男たちの物語」(荒俣さん)だ。究極の香りと味を求めて奮闘する彼らの作品を、実際に味わいたくなる。
(2)『コーヒーを通して見たフェアトレード』は、スリランカの貧しい農民の自立のためコーヒーの生産と貿易のプロジェクトを実現した著者が語る。「どれだけもうけるかより、どれだけ役に立つか」の視点に、荒俣さんは共感したようだ。
一方、(3)『ブラック・コーヒー』は、名探偵ポアロが殺人事件を推理する戯曲だ。だれがコーヒーに毒を入れたのか。コーヒーを飲みながら読んで、推理してみよう。
記者が推す(4)『コーヒーのグローバル・ヒストリー』は、アフリカ生まれのコーヒーが中南米に伝わった歴史から、ブラジルやコロンビアなど生産地の実情、消費国である米国や日本の特色までを網羅する。
副題に「赤いダイヤか、黒い悪魔か」とあるとおり、石油に次ぐ巨大市場を形成する「茶色い黄金」を巡って、世界の業者がしのぎを削ってきたことを詳細な資料で明らかにする力作だ。
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■〈見るなら〉サルトルとボーヴォワール 哲学と愛
人間は自由へと呪われている、と説く実存的思弁にふけりながら指先をはわせる愛撫(あいぶ)は、それほど快感を高めなかったようである。が、己の醜形(しゅうけい)におびえる小男のサルトルは生涯、モテ期にあった。
パリのカフェ・ド・フロールにコーヒーをすすりながら居座って際限なく原稿を書いていたサルトルとボーボワールは、パートナー以外の相手との恋愛も認めあ う自由な婚姻契約を結ぶ。それはじつのところ、色ごとでは暴れん坊将軍だったサルトルが浮気やりたい放題になるだけの不公平な取り決めにすぎなかった。と ころが、ボーボワールは「俗物の小市民に成り下がりたくない」と意地をはって受け入れてしまったのである。
なんと、けなげな全力哲学娘。でも後に、彼女もアメリカの作家を熱愛して人生最初の肉欲の歓喜に溺れ、やるせない仕返しを果たしたのだった。(龍)
DVDは発売元ミッドシップ、販売元紀伊国屋書店、5040円。
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この記事に関する関連書籍
著者:嶋中労/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥781/ 発売時期: 2008年03月
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コーヒーを通して見たフェアトレード スリランカ山岳地帯を行く
著者:清田和之/ 出版社:書肆侃侃房/ 価格:¥1,575/ 発売時期: 2010年10月
著者:アガサ・クリスティー、麻田実/ 出版社:早川書房/ 価格:¥798/ 発売時期: 2004年01月
著者:小澤卓也/ 出版社:ミネルヴァ書房/ 価格:¥3,150/ 発売時期: 2010年02月
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