2011年8月23日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2011年08月17日

『The Piano Tuner』Daniel Mason(Vintage Books)

The Piano Tuner →bookwebで購入

「文章の美しさが光る作品」

 文章の美しさはどこから生まれてくるのだろう。アメリカ文藝出版社の名門、クノッフより出版された『The Piano Tuner』の第1章を読んで僕はそう考えた。
 第1章はたった11ページの章だが、二度読み返した。

 情景描写、人物描写、台詞。ある物語は心に響かず、ある作品の文章は心にしみ込んでくる。どこが違うのか、僕には答えが出せない。

 『The Piano Tuner』の著者、ダニエル・メイソンはこの本を書いた時はメディカル・スクールに通うまだ26歳の学生だった。彼の描く世界は瑞々しく、英語の美しさは読者の心を掴む。
 
 僕は、読み初めたばかりの『The Piano Tuner』を手にして、ベッドルームに向かい、ドアをぴたりと閉めた。

 この本の主人公は、ロンドンに住む41歳のピアノ調律師であるエドガー・ドレイク。時代は十九世紀後半。エドガーは様々なピアノのなかでもエラールという、世界に数十台しか存在していないピアノの調律を専門としている。

 1886年10月、エドガーは英国陸軍省から、ビルマ(現在のミャンマー)のジャングルに行ってエラールの調律をして欲しいとう要請を受ける。ビルマのジャングルまでそのピアノを持ち込んだのは軍医将校であるドクター・キャロルという人物だった。

 ドクター・キャロルは軍医であるにかかわらず、ビルマで最も危険で戦略的にも重要な基地を守っている。彼は、地元の部族や盗賊などと和平条約を結び、基地を存続させている。

 ドクター・キャロルは音楽や詩、それに医療技術を和平交渉の材料として使うという、ほかの軍人では真似できないやり方で基地を守っている。そのため、英国陸軍も、ドクター・キャロルの望みに従い、わざわざエドガーのところまで出向き、エラールの調律を頼んだのだ。

 エドガーは、その要請に従いピアノを調律するためだけにビルマ奥地まで出かけていく決心をする。

 こうしてエドガーの旅が始まるのだが、物語はとても複雑なものとなっていく。政治的な物語を背景に、楽器の歴史、音楽家の話、医学的な情報、軍隊の史実、ビルマの人々の姿、陰謀、そしてロマンスまでが盛り込まれ、最後の悲劇的な結末へと辿り着く。

 著者のメイソンにとってはこの本がデビュー作となるわけだが、その構成力にも驚かされた。


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