2011年8月1日月曜日

kinokuniya shohyo 書評

2011年07月31日

『ニセドイツ<1>』伸井太一(社会評論社)

ニセドイツ<1> →bookwebで購入

「面白うて やがて悲しき ニセドイツ」

 本書は、かつての東ドイツ(ドイツ民主共和国)社会について、工業製品の紹介を中心に、ユーモアたっぷりに記したものである。

 ドイツといえば、カメラでいえばライカ、クルマでいえばBMWといったように、われわれが憧れてきた工業製品の多くを作りだしてきたことで知られ ていよう。さらに、日本社会との共通点として、人々の勤勉さや技術力の高さ、それゆえの工業製品のクオリティの高さなども知られていよう。


 このように、我々の多くが半ば当たり前のように抱いているドイツに対するイメージを、本書はいい意味で裏切ってくれる。まず、『ニセドイツ』という書名からして、ユニークだが、その由来について、著者は以下のように記している。


 『ニセドイツ』は西(ニシ)ドイツをもじった言葉で、東ドイツ製品の 「妖しい」雰囲気を強調する効果を狙った題名である。
 東西に分裂した国家ドイツ。それぞれが一国家としての自国アイデンティティを形成しながらも、同根であるがゆえにドイツ的アイデンティティも追及した。 つまり、東独は新生・社会主義国家としての自国アイデンティティを新たに創出しようとしたが、結局は多くの部分で過去のドイツの伝統にも頼らざるをえな かった。この未来志向と過去重視の二つのアイデンティティ形成が、製品において微妙に重なったり、ズレたりしたときに、東独製品は独特の魅力を放つのであ る。(おわりに)

 つまり、先に記したような勤勉なドイツという伝統と、怠惰にならざるを得ない共産主義社会という実態とが、真っ向からぶつかったのが、かつての東 ドイツ社会であったのである。それゆえ、東ドイツの製品は、他の共産主義社会と違って、単に技術的に遅れていると言うだけではない、独特の「魅力」を持つ のだという。


 本書では、自家用車トラバントを始めとして、いくつもの工業製品がカタログ形式で紹介されており、気の向くままに、好きなところから読み進めることがで きる。また、製品ごとに付された、ダジャレまじりの小見出しとあいまって(ちなみに、トラバントは「共産主義車の代表格」と紹介されている)、笑い転げな がら読むことのできる楽しい著作である。


 だが、笑い転げた後で、ふと我に返ったとき、言い表しようのないさみしさがつのってくるのは、おそらく本書が単なる歴史的事実の記録ではなく、まさに今日の社会に通底する問題を描き出しているからだろう。


 例えば、第二次世界大戦末期、もしも無条件降伏をするのが遅かったならば、ドイツと同様、東日本と西日本に分かれていたかもしれず、「東日本」製の工業製品の特徴を記した『ニセ日本』なる著作が世に出ていた可能性もある。

 あるいは、全体社会のアイデンティティ形成が、二つの方向性の間で揺れ動いてきたという点も、日本社会と共通していよう。今日でこそ先進社会の仲 間入りを果たしたような顔をしているが、明治期以来、イギリスやフランス、アメリカといった先進的な近代社会を目標としながらも、長らくは、それになかな か追いつけない後発的な近代社会であったわけだし、と同時にこの点は、欧米とアジアとの間でアイデンティティの居場所が揺れ動いてきたということでもあっ た。

 このように本書の内容は、単なる過去の記録にとどまらず、むしろドイツ社会に内在する「東ドイツ」という問題点、あるいはそこから連想される今日の日本社会の問題点にまで、射程が及ぶものだと言えよう。


 この点からして、ドイツの現代史、とりわけ「東ドイツ」に関する現代史的な研究は、重点的に探求がなされるべきテーマの一つに思われてならないが、少なくとも日本においては、あまり研究が進められていないとも聞く。

 こうしたニッチなジャンルの実態について、一般読者に対しても分かりやすく、そして面白く記述したところに本書の価値がある。ぜひ続巻の『ニセドイツ2』と併せてお勧めしたい。


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