演出についての覚え書き―舞台に生命を吹き込むために [著]フランク・ハウザー、ラッセル・ライシ
[評者]横尾忠則(美術家) [掲載]2011年07月31日 [ジャンル]人文 アート・ファッション・芸能
本書は巷(ちまた)に溢(あふ)れている「ことば」本、例えばニーチェ、ゲーテ、ブッダ、菜根譚などの賢者の箴言(しんげん)集や教典本とはひと味違う、演出家が後輩や同業の演出家に遺(のこ)した演出術の助言集である。
著者フランク・ハウザーはイギリス演劇界の大物俳優アレック・ギネス、リチャード・バートンらを育てた敏腕演出家で、本書を開くといきなり「――するな」「――せよ」「――しろ」などのガチンコ的な命令語の連発で俳優でなくても思わず身体が後ろに引いてしまう。かと思うと「かんしゃくを起こすな」とか「いじめをするな」と意外な倫理的側面も見せる。演劇人以外の読者にはややリアリティーに欠けるが、僕は自分の仕事に不可欠な言葉を選んで並べてみた。
「観客には常に続きを推測させよ/全員に気に入られようとするな/すべてに答えを出そうと思うな/肩の力を抜け/得意な方法ではじめなさい/ユーモアの最大の理解者は観客だ/スタイルには理由がある/好ハプニングは見逃さずに生かせ」
以上はそのまま僕の創造哲学に通じ、演出術に限らずあらゆる創造の現場で活用できそうだ。自分が演出家という主役になることで周囲の人間は俳優と化し、思い通りのドラマが描ける。
彼の言葉には芸術家の直感と理性による言霊としての力が漲(みなぎ)っており、彼には俳優を思い通りに従わす力がある。この彼の演出法を僕は自分のキャンバス上で展開することが可能だと思った。キャンバスは舞台であり、ひとつひとつの色は俳優である。
そしてこの絵を描く画家は演出家である。画家とキャンバスを自他に分けることで、創造がより演劇的に進展するかもしれない。著者ハウザーも「すべての点をつないではいけない」と言う。物はバラバラに存在して自他の区別のない方が、観客もより想像的になるのではないだろうか。
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シカ・マッケンジー訳/Frank Hauser 07年没▽Russell Reich 63年生まれ。
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