おもしろ図像で楽しむ―近代日本の小学教科書 [著]樹下龍児
[評者]田中貴子(甲南大学教授) [掲載]2011年08月07日 [ジャンル]教育
■新奇な知識、いかに受け入れたか
どんな人にも、小学校時代はある。時代によって尋常小学校、国民学校などと名称は変わるが、明治5年の学制発布以来、日本人がはじめて経験する公の教育機関は「小学校」だからだ。江戸時代の寺子屋とは異なり、同学年の児童が同じ内容を学ぶというシステムは、近代国家の基礎となる西欧文明を国民に広めるための画期的な試みだった。そこで重要な役割を果たしたのが、教科書である。全国の「小さな国民」たちは、教科書を通じて文明開化を受け入れていったのだ。
見たこともない異国の動植物、ガス灯に電話、そして、地球が丸いという知識は、どの地域の子どもたちにも平等に知られるようになった。これらを理解する手助けとなったのは、教科書にふんだんに用いられた図版である。著者は、自ら集めた明治から昭和初期にかけての小学教科書の図版を、11のテーマにそって紹介する。そこには、著者がいう「近代のかたちへの驚き」が生き生きと立ち現れていて、実におもしろい。
本書の主眼は、著者が「教育そのものに立ち入る意図はまったくない」と断っているように、図像そのもののおもしろさの追求にあるが、日本人が新奇な知識をいかに受け入れて来たか、という視点から読んでも興味深いと思う。
たとえば、朝日に向かい両手を水平に広げて立つ少年の図像は、東西南北の方角を実感させるためのものだが、初めは地理入門書に登場していたのに、時代を経るに従って「国語読本」に載せられるようになる。科目という概念が今より渾然(こんぜん)としていたわけだ。とくに「国語読本」は、水陸の生物をリアルに描いた理科的図版もあり、読み書きだけでなく、生活全般にわたる知識を授ける役割もあったことが指摘されている。
「国語読本」は、「総合学習」の時間にぴったりの教科書だったかも知れない、と思いつつ楽しく読んだ。
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中央公論新社・1995円/きのした・りゅうじ 40年旧満州生まれ。著書に『文様のたのしみ』『風雅の図像』など。
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