2010年11月4日木曜日

asahi shohyo 書評

グラハム・ベル空白の12日間の謎—今明かされる電話誕生の秘話 [著]セス・シュルマン

[掲載]2010年10月31日

  • [評者]辻篤子(本社論説委員)

■「歴史」は書き換えられるのか

 グラハム・ベルの電話の発明物語は人類史上に名高く、ベルは人類に大きな恩恵をもたらした偉人として知られる。

 ところが、実は、他人の発明を盗んだのかもしれない。まさか? だれもがそう思う。

 本書の著者も初めはそうだった。米マサチューセッツ工科大の研究所で1年間、科学技術史に関する書物の世界有数のコレクション を使って自由に研究する機会を与えられ、取材にも歩きながら調べるうちに疑いが確信に変わる。その過程をつづった本書は本格ミステリーさながらに、読者を 引き込んでいく。

 きっかけは、ベルの実験ノートに記された一枚の図だった。電話の基本的なアイデアを示したものだが、不思議なことに、12日間の空白の後に突然登場する。それこそ天才のひらめきか、とも思った著者だが、この期間にベルがワシントンを訪ねていたことに気づく。

 イライシャ・グレイという電気技師が、そっくりな図をもとに特許申請しており、ベルはワシントン滞在中にそれを見る機会があっ たこと、ベルを支援する裕福な実業家を父に持つ女性に思いを寄せていたベルには、なんとしても電話の発明で先んじる必要があったこと……。さまざまな事実 が浮かび上がってくる。

 電話の発明をめぐっては、何度も法廷闘争が繰り広げられた。ベルはそれをしのいで発明者としての地位を確立したのだが、今度こそ、歴史は書き換えられるのか。

 著者は、グレイの役割が不当に軽視されている、と結論づける。さらに、ベルもグレイも、ドイツのフィリップ・ライスの研究に多くを負っており、エジソンらによる改良も電話の実用化には不可欠だったとする。

 とかく「神話」として単純化されがちな発明物語への戒めであるだろう。

 「歴史というものは、常に挑み、問いたださねばならない」。著者はそう締めくくる。

 ベルのノート類は1990年にデジタル化された。原資料が多くの目にさらされることの大切さも改めて教えてくれる。

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 吉田三知世訳/Seth Shulman サイエンスライター。

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